3.お前に命を預けるのだぞ

「目眩がしますぞ」


 氷の大地を見回したアルシエルが額を押さえる。だが隣で、リリアーナはきょとんとしていた。彼女は同族でありながら、まったく影響を受けていない。


「綺麗な景色だね。氷がずっと向こうまで広がってる」


 驚いたと呟く彼女に、双子は顔色を変えた。心境的にはオレも同じだが。


「え? すっごい花咲いてるじゃん。氷なんてないよ?」


「うん。暖かそうな春の風景だよ」


 双子が見ているものは、またオレと違った。山の峰を吹き上がる風がマントを揺らす。それを無造作に手で押さえ、オレは自分が見ている景色を口にした。


「お前達とは違うものが見える。荒涼とした大地だ。生き物はない」


 伏せていたマーナガルムに意見を求めると、おずおずと話し始めた。銀狼と名付けられた所以の灰色の毛皮を纏う尻尾が、時折ぱたりと左右に振られる。


『大きな湖が見えます。見渡す限り浅い水が広がる景色は見事ですぞ』


 これではっきりした。見ている全員が違う風景を目にしたが、同族同士はほぼ同じ景色を感じている。アルシエルとリリアーナは黒竜という繋がりで、氷の大地を見た。この高い山の頂上に訪れるのは、おそらく竜種のように空を飛べる種族のみ。その中でもグリフォンなどは森を好む。


 こんな何もない場所を飛ぶのはドラゴンくらいだろう。そのため、この山脈の先は「氷の大地」だと伝わった。もしオリヴィエラが同行していたら、また違う景色が見えたはずだ。仕組みも理由もわからぬが、これは触れていいものか。


 目眩を堪えるアルシエルを残し、オレとアナトが下に降りる決断を下した。ここまできて、何も調べずに帰るのは勿体ない。


「私も行きたいっ!」


「お前とオレは互いに監視する。両方倒れたらどうなる? お前はオレを見捨てるのか」


 コンビを組む相手を気遣うより、己の希望を優先するのか。そう問われたら、リリアーナは何も言えない。きゅっと唇を噛んだ後、悔しそうに吐き出した。


「何か変化があったら、すぐ。すぐ行くんだから!」


「わかった。お前に命を預ける」


 信頼を示してやると、嬉しさと悔しさで複雑そうな顔をした。以前のオレはすべてを自分が解決しようとした。それは間違いではないが、正しくもない。そう教えたのはリリアーナだった。


 尻尾で地面を叩きながら、彼女は両手を胸の前で握りしめる。その頬を撫でてから、オレは背に翼を広げた。滑空する形で一気に地上を目指す。後ろで同じように羽を出したアナトが続いた。


「 アルシエルだけ、強く影響が出るのは何故かな。解剖してみたい」


 くすくす笑うアナトの残虐さは、仲間にも向けられるらしい。興味の方が優っているのだろう。目でダメだと示し、乾燥した大地に足をつける。触れる感触は乾燥した荒地のそれと変わりなかった。


「どう? サタン様はまだ荒地?」


「ああ。アナトは」


「うん、普通に花が咲いてるし、こうしたら触れるよ。摘んでみようか」


 しゃがんで荒地の上を撫でる仕草をしたアナトが、指を動かした。途端に彼女の指先に花が現れた。


「白い、花?」


「あれれ。見えるの!?」


 互いに顔を見合わせて、それから周囲に変化がないか目を凝らす。しかし変化のない風景が続く。ただ、アナトが摘んだ白い花が風に揺れていた。

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