418.世界はこれほど変貌したのか

 収穫祭は王都周辺の民を集め、大いに盛り上がった。2週間後にはグリュポス跡地に作った都市でも行われる。気候により収穫時期が異なるため、祭りの時期もまちまちだった。


 テッサリア国の収穫祭は1ヶ月も先の話だ。宰相の娘ライラから招待が届いたが、オレは欠席を決めた。その話を聞くなり、リリアーナが拗ねたのだ。寝室に閉じこもり、べそべそと泣き続けた。食事もろくに取らず、睡眠も蔑ろにする有様だ。アルシエルやククルが仲介に入り、要望を聞き出したところ……ライラと会うのが気に食わないらしい。


 ちょうどその時期にマーナガルムの番が子を産むこともあり、収穫祭は参加しない旨を伝えた途端、リリアーナは部屋から飛び出してきた。


 愛玩動物は嫉妬し合うため、公平に愛でる必要がある――ククルに説明され、なるほどと頷いた。ライラを愛玩動物に加えた記憶はないが、リリアーナはそう思わなかったようだ。懐いた飼い主が目移りしたと勘違いしたのだろう。今後は気を配ってやるとしよう。


 各地から上がる穀物や畜産の成果を確認し、各地に分配し直す。一度王都へ集めるより、地域単位で交換した方が無駄が少ない。指示が徹底されるよう命じ、アガレスが監督して管理した。最近では体調が落ち着いたマルファスも半日ほど協力していると聞く。


 王都に作られた学校はアナトとバアルが教師を集め、初歩的な計算と文字の読み書きから始めた。いずれ国の礎を築く子供達だ。農家は人手が足りなくなるが、その分を他国から受け入れた難民が補った。


 特殊な織物の文化を持ち込んだキララウスの民は、民族伝承の織り機を大量生産する方向で調整している。キララウス内部で反対もあったが、絶えてしまうより外部に公開して残す方を選んだ。後継者不足も、他国の難民を弟子にすることで解消されたという。


 ウラノスは地方に出向いて畜産や農業の知識を広め、アルシエルはアスタルテの補佐に就く。マルコシアスは祖父となり、森の王として魔獣達を統括する立場についた。先日ひ孫もできたという。


 滅ぼした国、滅ぼされた国、どちらも人々は生きていかなくてはならない。生命の危機が去れば、余計な騒動を起こす者が現れるが、それらを監視するシステムをヴィネが構築し始めた。王都に復活していた自警団を基礎に、各地へ軍人とは違う組織を作る。腕に覚えがある者が登録し、犯罪者を捕らえると褒賞が出る仕組みだった。


 いくつか問題点を指摘してから許可を出したが、きちんと機能し始めている。動き出した世界は、ようやく魔王の元に発展の兆しを見せ始めた。


「あのね、王様にはお妃様が必要だと思う」


 近頃、リリアーナが奇妙なことを言い出した。読み書きを覚えに孤児がいる離宮に通ったかと思えば、絵本片手に必死で訴える。


「妃か? 不要だ」


 人間のように100年足らずの寿命ならば急がねばならぬが、魔族は万単位の寿命がある。魔王たるオレが新しい国を興したばかりの今、番相手を探している時間も惜しい。きちんと説明したが、リリアーナは聞き分けなかった。


 騒がしいやつだ。各地の発展を支え指示するため、大陸中を動き回るオレの後ろを、リリアーナは必死に追いかけ回した。いつしかそれが当たり前になり、気づけば数十年――。


「私が生きている間に……なにとぞお妃様をお迎えください」


 もう引退の時期です。そう暇を申し出に来たアガレスの皺が刻まれた顔を見て、時の流れの違いに気づいた。いつの間にかライラは結婚して子をもうけた。ロゼマリアは生涯独身を貫き、修道女となる。世界は知らぬ間に、大きく変貌していた。

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