415.心当たりのある者は名乗り出よ
この城から出ていないレーシーが子を宿すとしたら、相手は自然と限られてくる。マルファスはククルが捕まえた。バアルはまだ子供で、妹のアナト至上主義のため排除できる。ユニコーンという特殊な種族ゆえに、リシュヤも除外した。
アガレス、ウラノス、ヴィネ……オレか。残った雄の名をすべて上げた。レーシーは弱くても魔族だ。そこらを歩く文官や騎士に手を出される心配はなかった。自分の分身を作って逃げるくらいの芸当は出来る。にも関わらず彼女が孕んだのなら、合意があったと考えられた。
ここで、心当たりがない自分を外せば3人……。
「誰が父親だ?」
全員が聞きたかった言葉を発する。レーシーはうっとりした微笑を浮かべたまま、子守唄を歌い始めた。元から話を聞かぬ自由な気質であるが、今は妊婦という状況も重なり叱責するのは気が咎める。あまり問い詰めるのも良くないだろう。
「心当たりのある者は名乗り出よ」
「……私です」
名乗り出たのは、書類の分類に定評がある文官の一人だった。マルファスの進言で取り立てた若者だ。無礼を承知で広間に飛び込んだ若者は、レーシーへ手を伸ばした。素直に受けて腕に飛び込む姿から、相思相愛と思われた。
「リカルドか」
「私の名を……陛下が?」
頷く。知らぬはずがない。マルファスの進言がなくとも、我が手足となって働く者の名を覚えぬ王がいようか。感動している意味がわからぬ。この程度は当たり前の礼儀であろう。
ましてやリカルドは優秀な文官として、宰相アガレスの評価も高い。自ら名乗り出た行為も含め、好ましい青年だった。
「そなたの子で間違いないか?」
「は、はい。私の子です」
「ならば祝いを用意せねばならん」
アガレスがいくつか案を提示したため、その中から選ばせることになった。幸せそうなレーシーの歌は小さく、優しく響く。いつも何かに飢えて求めながら叫んでいた歌声は、温かな音色に変わった。それだけでも褒美に値する。群れの雄としてオレを認識していたが、これは良い結果と言えよう。
「認めていただき、ありがとうございます」
レーシーを抱き寄せるリカルドに触発されたのか、ヴィネが羨ましそうに呟いた。
「いいなぁ。僕も告白してみようかな」
「誰か気になる女がいるのか?」
尋ねるアスタルテに向かい、唇を尖らせたヴィネは「鈍い」と零した。にやにやと笑う双子に対し、イシェトは気の毒そうな視線をヴィネに向ける。どうやら周囲はヴィネの惚れた女を知っているようだ。
「許さんぞ、ヴィネ」
唸るアルシエルを、溜め息混じりに見つめるウラノス。それぞれの反応を見ながら、複雑そうな関係に肩を竦める。恋愛という感情は、面倒ばかりのようだ。振り回されるくらいなら、オレは愛玩動物だけでいい。
ひとつ息を吐いて立ち上がった。ここは休憩を挟んだ方が良さそうだ。
「食事にするぞ」
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