395.全力を尽くす敵を全力で屠るのみ

 ウラノスは小さな木の枝に似た杖を持ち、胸を逸らして立った。少年姿をやめたため、成人した青年として身なりを整えている。長く翻るローブから、鮮やかな裏地が覗いた。黒いローブの内側を鮮赤にするのは、吸血種に多い。


 オレのマントはやや暗い赤を使っていた。だが用意したのがアスタルテなので、吸血鬼の始祖である彼女の好みが反映されているだろう。


「後方支援ならば、陛下と姫のお側に」


 姫という呼称はリリアーナに向けたものか? 尋ねるオレの視線に、アスタルテは笑って頷いた。


「私が姫?」


「サタン様の物になると聞いたぞ」


 硬い口調は軍や貴族を統括する彼女に似合う。男女の差を喚き立てる連中を、実力で叩きのめして黙らせた。その時から、ずっとこの口調だ。


「うん、そうだよ」


 リリアーナはあっさり肯定する。愛玩動物であると自覚したらしい。掴んだ腕に絡みつく彼女は、背の羽をゆったり動かした。


「よろしく頼む」


「うん!」


 上機嫌のリリアーナが、ふと前の動きに気づいた。進み出たウラノスの周囲に、大量の魔法陣が並ぶ。重なりながらいくつも展開する魔法陣は大きさも、色も、光り方も異なっていた。


「綺麗」


 少女らしい感想だった。緻密に組み立てた配置は、攻撃に使用するためだ。ひとつが作動すれば、すべてが牙を剥く。どれが最初のひとつになっても構わないよう、計算して配置した魔法陣に無駄はなかった。


 無防備に近づく敵に、ウラノスは優雅に一礼する。さらりと銀髪が背を流れた。乱れた髪を風が揺らしていく。


「我らが魔王陛下のご下命により、ここより先へは通せません」


 宣言した後ろで、黒竜姿のアルシエルが唸った。轟音がグリフォン達を怯ませる。これは空の覇者に対する本能的な恐怖だった。


「私にも少し寄越せ」


「こぼす気はありませんが、つまみ食いはご自由にどうぞ」


 ウラノスが笑う。直後にガーゴイルが飛びかかった。ひとつめの魔法陣が発動する。絡繰仕掛けのように、次々と魔法陣が回り始めた。


 炎を浴びたガーゴイルが、直後に凍って砕ける。風の刃に翼を傷つけられたワイバーンが落下し、空中でキャッチした双子に切り裂かれた。どちらが上手に細かく切れるか、競っているらしい。


 覚悟を決めたグリフォンがウラノスに襲いかかる。黒竜と戦うよりマシ、そう判断したグリフォンの前足の爪が砕けた。武器をひとつ奪われたところに、黒竜の爪が食い込んだ。アルシエルは待つのをやめ、自ら獲物を捕らえ始める。


 上空はドラゴン、地上付近は双子が待ち構える。中央のウラノスをすり抜ければ、我らに手が届く。そう考えた魔族は一斉に中央突破を図った。


 魔法陣が敷き詰められ危険な空を、突破しようと体当たりを始める。仲間の死体を利用して押し入ったキメラが、複数の首をもたげる。威嚇の声を上げた獅子の首が、ぽろりと落ちた。


「品がない」


 減点だとアスタルテが呟く。その手には美しい剣が握られていた。

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