396.地上も地下も、守りは当然固めてある

「出番ないね」


 残念そうでもなく、リリアーナは呟いた。狩りは好きだが、生きていくための糧を得る方法でもある。野生の生き物は不要な獲物を獲らない。


「王とは、そうでなくてはならん」


 自ら動くのは限られた場合のみ。それは魔王として譲れない場面だけでよかった。普段は部下に命じ、彼らの功績を誉めて褒美を与える。失敗すれば上位者を差し向けるのが習いだ。


 もっとも強いのが王であり、その最強者とまみえるまで、戦って道を切り拓くのが挑戦者だった。少なくとも、オレはそうして生きてきた。父王に手が届くまで、数えきれない敵を倒し、側近の魔族と戦ったのだ。


「暇だよ」


「わけて」


 遊撃隊を申しつかった双子は、立場を存分に利用した。自由に戦場を駆ける許可を使い、ウラノス周辺の魔族の翼を切り裂く。アナトが落とした獲物をバアルが刻み、しばらくすると立ち位置を入れ替える。彼と彼女の間に、多くの血が流れた。


「増援?」


「でも地上だ」


 進軍した魔族との交戦を報せる、マルコシアスの遠吠えが響く。高く低く、音階をつけて鳴いた銀狼のボスは、今頃獲物に飛びかかっているだろう。


「あっち、行ってもいい?」


 着飾った衣装は赤く見えた。表面を覆う結界が赤く濡れても、実際に服や肌に血はついていない。それでも返り血を浴びたように振る舞うのは、双子の遊びだった。結界を張っていないと相手に勘違いさせる目的がひとつ、敵を怯ませたり憤って襲わせる目的がひとつ。そして自分達が興奮する材料として、返り血を浴びたがる。


「構わん。遊撃だと言ったであろう」


 地上も敵が押し寄せるのは想定内だった。見下ろす大地の下にも、何らかの仕掛けがされている。空からの攻撃に対処している間に、予備兵力を地上部隊で叩く。最後に城を地下から突き崩せば、一溜まりもあるまい。そんなことを考えた連中の、何と愚かなことか。


 オレが単独で守っても、十分守り切れる。魔力が弱く、弱肉強食の掟が名目だけになった緩い世界の魔族だ。卑怯な策をとられようが、負ける要素がなかった。強さも狡猾さも、魔力量も、このオレに勝てる魔族がいない。


「行ってくる」


 手を振ったバアルが、アナトと手を繋ぐ。瞬きの間に、転移して消えた。マルコシアスやマーナガルムのいる森が、大きく陥没する。後で再生する予定だが、あまり壊さないよう命じればよかったか。


 初手で大きな技を使い、敵を怯ませる作戦かも知れぬ。好きに壊しても構わなかった。味方同士で撃ち合わなければ、自由にさせた方が早い。どうせ復元し再生させるのだ。


「お城は平気?」


「問題ない」


 リリアーナの呟きに返す。ドワーフがいる城の地下は、土の精霊ノームの領域だった。以前に送り込まれたミミズは、地下に侵入すら出来ない。王都を囲む城壁もドワーフの守りの内側だった。


 ククルやヴィネもいる。戦うための人員は足りていた。オリヴィエラも動くだろう。ふと、攻め手の中にグリフォンが混じっていたことを思い浮かべた。オリヴィエラがいたら、何と言うだろうか。

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