373.子供が大人を頼れぬのは、大人の不手際だ
「母は私を守るつもりで黒竜王アルシエルに預けましたが……」
ちらりとアルシエルに視線をむけ、幼女は俯いた。金髪に緑を混ぜたような複雑な色の髪と目を持つイシェトが溜め息をついた。
「能力に見合わぬ地位でも、皆はアルシエルに気を遣って私を魔王として崇めてくれました。でも主君にしたい人が彼に現れたなら、と私は魔王を降りました。分不相応な立場は手に余ります」
幼子の口調にしてはしっかりしている。外見は子供だが、出会った頃のウラノスと同じで年齢を重ねていた証拠だろう。
「それでこの城に来たのか」
「はい。見ての通り、私の魔力はほとんど使えません。夢魔の魔力は、夢の中でしか作用しないからです。そのため狙われない場所に逃げ込みました。保護を求めます」
きょとんとした顔で双子は顔を見合わせた。そこへククルが飛び込んでくる。回復のための眠りはもう足りたのか。尋ねるオレの視線に、彼女は大きく頷いた。
イシェトに近づき、躊躇なく手を握る。
「この子が回復を手伝ってくれた。役に立つよ」
夢の中で状況を知ったククルが断言したことで、アスタルテが警戒を緩める。彼女にとって家族に等しい双子とククルへの信頼故だ。時間のかかるククルの回復に協力したなら、そこは評価すべきだった。
「記憶落ちの実はお前が持ち込んだのか?」
刺激臭がする実に触れたのは確かだ。そうでなければ双子がこの子供を見つけ出す理由がない。
「正確には弄っただけ」
持ち込んだのは別の者だけど、実に触れた。言われた内容を真っ直ぐに受け止めると、今回の事件に彼女は後から関与した形になる。
「話せ」
アルシエルが困ったようにオレとイシェトを見つめ、リリアーナは牙を剥いて威嚇を続ける。気を利かせたアスタルテが、執務室のソファにイシェトと双子を座らせた。その向かいにククルが座り、アスタルテはこちらに戻ってくる。
「記憶落ちの実は刺激臭がする。その臭いを纏うエルフの侵入に気づきました。偶然ですが離宮前で他の子供と一緒にいた時にすれ違い、気になったので後を追ったのです。人間を捕まえて話しかけ口付ける。数人繰り返していました」
「なぜ、その時に言わなかった」
アスタルテが鋭い声で指摘した。イシェトは落ち着いた様子で切り返す。
「こんな魔力もない子供の言葉、聞いてもらえるのですか。夢を見たと片付けたでしょう」
問いかけではなく、確定した言い方は彼女がそういった扱いを受けてきた証拠だ。この城に来る前の幼少時から、弱い種族である彼女は口を噤むことが生き残る術だった。
「我が庇護下に入る気ならば覚えておくが良い。差別はさせない。何かあれば、誰でもいいから大人を頼れ」
驚いたように目を見開いたイシェトが、困った様子で俯き……少しして小さく頷いた。それから提案するように切り出す。
「私はあのエルフに夢を繋いだ。居場所がわかるから協力する」
「アスタルテ、アルシエル。任せる」
「承知」
「承ります」
一礼して2人へ駆け寄ったイシェトは両手を繋いで、嬉しそうに消えた。転移を見送って、ようやくリリアーナが肩の力を抜く。
「それほど気に入らぬか?」
「……あの子のせいだもん」
複雑な親子関係を匂わせるリリアーナの本音は、オレには理解できない。だから宥めるように頭を撫でた。
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