372.ならば問おう、我が居城にいたわけを

 ヘルハウンドが捕獲し、黒猫が嗅ぎつけた幼女は引きずられるようにして連れ出された。リシュヤが慌てて飛んできたものの、魔王サタンの命令なので逆らえない。自分も一緒に行くという方法で、なんとか侍女達を宥めた。


 楽園の子供は命に代えても守る。そう言い切ったリシュヤは、その趣味と対象が多少問題だが、それ以外は立派に魔族の雄だった。意気込んだのか、珍しくユニコーン姿でついてくるリシュヤを従え、双子は両側から幼女と手を繋いだ。


 大人しく歩く幼女に危機感はなく、両手を繋いだ体勢でぶら下がろうとしたり、はしゃいでいるようだった。




 それぞれに片手が塞がっているので、乱暴にドアを開ける。


「ちゃんと連れてきた」


「この子から、記憶落ちの実の匂いする」


 短い説明で幼女を突き出す双子は、それでもお互いの術や方法を疑わない。事情がよくわからぬまでも、この幼女が何か関わっているのは間違いないと考えていた。


「あなたが……魔王様?」


 幼女が呟いた。特に魔力はないが、なんだか奇妙な感じがした。これは本能に近い部分の警告だ。ただの子供ではない。


「アナト、バアル、リスティもこっち?」


 勢いよく飛び込んだリリアーナが、ぴたりと足を止めて幼女を凝視する。目を離さずに円を描く形で遠回りしながら、幼女をぐるりと観察した。それからグルルと喉を鳴らす。


「これ、前の魔王」


 指差して言い切った。確証を持って断言したリリアーナは、大急ぎでオレの腕にしがみついた。


「近づけちゃだめ。私が守る」


 唸りながら威嚇するリリアーナに、幼女は怯えたように数歩下がった。アガレスはじっと見つめるが、アスタルテはリリアーナ同様に睨みつける。


「魔力を……隠したのか?」


 なんらかの方法で封じれば、魔力は外から感知できない。疑いの声を発したアスタルテの様子に、どうやらリリアーナの勘違いでは済まないと判断した。


「アルシエル」


 前の魔王は夢魔だった。その夢魔を奉じた側近ならば見極めがつくだろう。魔力を乗せた召喚の響きに、黒竜王は即座に応じた。声の発信源を終点とした転移により、室内に現れる。


「我が君、お呼びに従い……イシェト様?」


「この者、魔王であった夢魔に間違いないか?」


 問いかけに、アルシエルは困惑顔で頷いた。主君に頼まれて仕えた、夢魔の少女だ。間違えるわけがない。その顔立ちも幼い姿も、なぜか感じにくい秘めた魔力も……夢魔の魔王イシェトで間違いなかった。


「間違いございません」


 断言したアルシエルの言葉に、アスタルテが警戒を強める。さりげなく位置を移動し、己の身を盾に出来る斜め前に立った。双子達は顔を見合わせたあと、幼女の両側で彼女を見つめる。何かあれば使えるよう、攻撃と捕縛の魔法陣を手にしていた。


「ならば問おう。夢魔の魔王がなぜ我が居城にいるのか」


 幼女は怯えることなく、笑顔を作った。それは自然に浮かべる表情というより、交渉に向かう外交官に似た覚悟を秘めていた。幼子には似つかわしくないが、元魔王ならばおかしくない。


「私が、前魔王だからです」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る