371.違うルートで同じ獲物なら引き分け

 承知したと飛び出す子供達が向かったのは、ロゼマリアの部屋だった。ペットのヘルハウンドを借り、記憶落ちの実を嗅がせる。


「これと同じ臭いを探して!」


 刺激臭に耳を垂らし、尻尾を巻いた双頭犬はすぐに鼻をひくつかせて歩き出す。それをアナトが追いかけた。


「バアルは別のとこ」


「わかってるよ」


 記憶落ちの実は特殊な環境でしか育たない。同じ木は人間が住む地域の森にも生えるが、記憶落ちは実らないのだ。近くにいる魔族の魔力を浴びて、数十年の時を経て実る特殊な果実の入手は難しい。


 加工はさらに手がかかり、錬金魔術の知識が必要だった。魔法陣に詳しいウラノスも、錬金魔術の心得はない。だとしたら? そこから追いかけることも可能だった。


 錬金魔術を使うと痕跡が残る。大地のもつ魔力を根こそぎ奪う特性があるから、そこはスポットとなって魔力が消失する。戻すのに数年掛かるはずだった。


「狩りは僕の得意分野だもの」


 くすくす笑いながら、庭に出てどっかりと地面に座った。手の上に複雑な模様の魔法陣を作り、その上に数枚を重ねて大量に魔力を注ぐ。少し疲れるけれど、主君に頼られたら全力で応えるのが配下だ。


「ほら、おいで」


 手の中に1匹の猫を生み出す。背にコウモリの翼がついた可愛い猫は、黒い毛皮に緑の瞳だった。ぱちぱちと瞬きしたあと、ひとつ欠伸をする。


 錬金魔術による擬似生命体だった。同種の臭いや気配に敏感な猫を膝に乗せる。


「仲間を探して」


 同種の臭いを嗅ぎ分ける猫は、みゃーと鳴いて飛び上がる。背の翼を動かして人の顔の高さくらいを飛びながら、左右を確認した。まだ手がかりは見つけていない。ふらふらと移動する猫を見守れば、突然力強く羽ばたいた。


 獲物を見つけたと言わんばかりの興奮した様子で、真っ直ぐに一方向を目指す。立ち上がってお尻の砂を叩いたバアルも走り出した。追いつくのを待たずに飛ぶ黒猫に、侍女が驚いて悲鳴をあげる。手にした食器か花瓶を落としたらしく、陶器が割れる音がした。


「ごめんっ、驚かせた」


 隣をすり抜けるついでに、指先で割れた陶器を戻す。一振りで修復された花瓶を手に、侍女は呆然と立ち尽くしていた。


 また落とさないといいけど。余計な心配をしながら、バアルは建物の角を曲がる。その先は孤児がいる離宮しかない。豪華なドーム型の屋根を持つ白っぽい建物に、黒猫は躊躇なく飛び込む。


「えぇ、同じなの?!」


 左側からヘルハウンドが合流し、後ろを追いかけていたアナトが叫ぶ。お互いに違うルートで探し当てた獲物は、同じだった。


「しょうがないね、引き分け」


「うん。見失っちゃうから急ごう」


 競っていたわけではないが、自分が先に見つけたと思っていた双子は苦笑いする。離宮内で何かが倒れる音と侍女の叫び声がした。その部屋に滑り込むと……小さな子供がヘルハウンドに押さえつけられていた。床に倒れた女の子を、ヘルハウンドが前脚で踏む。女の子の頭の横に、黒猫も座っていた。


「えっと……状況がわかんないけど、この子が犯人?」


「少なくとも、記憶落ちの実の臭いはすると思うわ」


 確証が持てない双子は、先程の興奮が一気に冷めて怪訝そうな顔で状況を眺める。侍女はなんとかヘルハウンドから子供を助けようと、箒片手に及び腰で近づいた。だが、大きな声で2つの頭に唸られて、腰を抜かして転がる。


「連れて行くしかないね」

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