370.役職や地位による配慮も不要だ
膝の上に乗せたクリスティーヌは嬉しそうだった。支配下に置いたネズミや猫からの殺伐とした情報を、笑顔で語る。
「マルファスがキスされたのは、綺麗なお姉さん。この城に勤めてる人じゃなくて、外から来た人だね。何かを届けた帰りにキスしたの」
「毎日ネズミや猫にご飯を分けてくれたマルファスが、突然ご飯くれなくなった。ネズミが強請っても無視されたって怒ってる」
ここまでは先程聞いた話に近い。ひとつ深呼吸してクリスティーヌは目を閉じた。
「お姉さんを
「グリュポスの跡地にいる、赤い靴のお姉さん。この人の肌から変な臭いがするよ」
過去にネズミが追った状況を追体験しているのだろう。言葉が不明瞭で確認を繰り返すのは、ネズミの思考を辿るせいだ。賢くても小動物の脳が処理する情報には限界がある。自らの頭で再度組み立てを行いながら、同時通訳のようにクリスティーヌはネズミを追った。
「ここで途切れた。変だね」
ネズミは女性を追っていった。彼女が住まうと思われるマルコシアスの領地内で、ネズミの記憶が途絶える。しかしネズミが死ねば追うことさえ出来ないので、まだ生きているだろう。
「捕まってるみたい」
現在の状況を把握したクリスティーヌが唇を尖らせた。だが、彼女のもたらした情報は、予想以上に役立つものだ。
「アスタルテ」
「はい。すでに追っていますわ」
クリスティーヌは吸血種族、この世界で吸血鬼の始祖であるアスタルテは彼女の上位だ。クリスティーヌが繋いだネズミへの回路をたどり、近くに配置した手駒を動かした。手際の良さは流石の一言に尽きる。
「ネズミを捕らえても殺さず、マルコシアスの足元に潜む女か」
考えを纏めるため、呟いた。まずキスで相手を操るのは、精神支配の一種だ。その術が得意な種族は夢魔、淫魔、吸血種に絞られる。記憶を消す際にわざわざ薬品を使った理由は、ふたつ考えられた。
時限式で操る術を持たない者、またはわざと情報を消したと知らせるために行った。前者だとしたら吸血種は容疑者から外せる。後者なら……誰に消去を知らせたいのか。自らに対しては不要で、オレ達に対する宣戦布告のつもりか? または仲間がまだ城内に紛れている可能性もある。
仲間に脱出するよう命じる合図、いや違う。女は今もグリュポス跡地にいるのだから、マルファスに薬を飲ませたのは、城内の誰かだ!
「アナト、バアル」
召喚の魔力を乗せた響きに、子供達は転移で現れた。揃いの青い髪はアナトだけ結んでいる。オッドアイを瞬かせ、指示を待つ双子に命じた。
「記憶落ちの実の残り香を持つ者を探せ。方法は問わぬ。役職や地位による配慮も無用だ」
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