369.蜥蜴の尻尾はまだ繋がっている

 過去の書類を洗い直すアスタルテが、人間には不可能な速さで読み込んでいく。矛盾点や不自然な金額を見つけると弾き出し、それをアガレスが確認した。


 クリスティーヌが集めた証拠をまとめて提出し、ククルがベッドの上で受け取る。レーシーが甲高い声で裏切り者を歌い、双子は出番がないと孤児の護衛に向かった。ちなみにリシュヤは双子が未経験なので、あっさり受け入れてくれたそうだ。


 素早い部下達の手分け作業を眺めながら、オレは執務室で別の書類に取り組んでいた。来年の国の予算だが、ここにも奇妙な金額がいくつも混じっている。明らかに高過ぎる価格や、不当な注文数で誤魔化した水増し予算書に修正を入れた。


「陛下っ! やられましたわ」


 飛び込んだオリヴィエラが引きずっていたのは、ぐったりしたマルファスだ。抵抗しなかったらしく、ほぼ無傷だった。にもかかわらず、魂が抜けたように目を見開いて動かない。


 変な刺激臭がした。臭いに眉を顰めると、オリヴィエラが足元のマルファスを指さす。


「刺激臭は彼ですわ。何か飲まされています」


「アナト」


 召喚の意思に魔力を乗せて声を発すれば、双子の妹は飛んできた。水のように青い髪が空を漂い、着地した彼女は銀と緑の瞳を瞬く。


「呼んだ? あ、これ……木落ちの実だ」


 刺激臭に鼻をひくつかせた彼女は、問う前に断定した。研究職を好む彼女の知識は幅広く、薬や動植物に関してはアスタルテを優に凌ぐ。


「何に使う実だ」


「記憶操作かな。正確には記憶落ちの実なんだよ。木になってる実をとっても効果がなくて、一度落ちて熟した実の芯を使うことで、記憶を消す薬が作れる。私も持ってるよ、ほら」


 亜空間に手を突っ込み、青い瓶を取り出した。青や緑の瓶を使う薬品は日差しに弱い。体で日陰を作って瓶の蓋を取った。つんとした刺激臭がする。マルファスから漂う臭いを濃縮した感じだった。


「これを使われたらしい。戻せるか?」


 マルファスを示して尋ねると、瓶をしまいながらアナトが唸った。


「壊してもいいなら」


「壊すな」


「だったら無理」


 即答で首を横に振られた。可能性があるなら、アナトはそれを口にする。しかし完全否定するなら、彼女が知らないか存在しない治療法だった。どうやらマルファスは利用され、蜥蜴の尻尾きりで捨てられたらしい。最初から使い捨てのつもりで操ったか。


 城を留守にする間、結界は機能していた。ならば魔族の侵入はない。だが人間がもつ知識でマルファスを操れるだろうか。


「あの……サタン様。ネズミが知ってた」


 集めた情報を、自分の裁量で必要な分だけ覗き見る方法を訓練していたクリスティーヌが、廊下からおずおずと顔を見せる。手招きすると、リリアーナのように駆け寄って膝に頭を乗せた。


「何を知っている」


「ネズミが見てたの。マルファスにキスしてた人がいた。いつも食べ残しを貰ってたのに、その日からくれなくなったって」


 蜥蜴の尻尾の先は、どうやらまだ繋がっていたようだ。話を詳しく聞くため、クリスティーヌを膝に乗せた。

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