368.任せすぎた甘さのツケは自ら払う
書類を目の前に突きつけられたロゼマリアは、驚いたように目を見開いた。手にとってよく確かめ、隣の侍女エマに手渡す。彼女もじっくり目を通してから仕える姫に返した。
「魔王陛下はどのようにお考えですか?」
肩書きで呼ばれたことに距離を感じる。だが特に何も思わなかった。この娘はいずれ誰かに嫁ぐ。手元に残すべきではないと考えていた。だから距離が遠いのは当たり前だ。
「孤児は国の宝、親に返すべきではない」
親が慈しむ保証はない。人間は一度失敗しても機会を与えれば立ち直ると考えるものがいた。その考え自体はオレも否定しない。立ち直ることができる者も実在するからだ。
ただし、適用できる条件がある。自分の進退を賭けた話ならば問題なかった。他人の今後や生命を左右する決断ならば話は別だ。
無理に引き取る必要はない。孤児院の扉は開かれており、入っていくるのも出ていくのも可能だった。子供を連れ出さずとも、会いにくればよい。それで用は足りる。信頼関係を築き直し、子供自身が望んで親の元へ帰るなら構わなかった。
思考能力が認められる年齢になれば、子供であっても意思や願いは尊重されるべきだ。幼すぎるなら成長を待てばいい。人間の成長など、わずか数年だった。それを待てずに安全な巣から雛を外へ出そうとするのは、保護者ではない。捕食者の行動だった。
「私は親と子は引き離されるべきではないと考えます。それでもこの国にいる限り、陛下のご意志を尊重しましょう」
物分かりのいいロゼマリアに疑問をぶつける。
「なぜ、ドレスの名目で金を請求した」
「……魔王陛下、これは私の申請ではございませんわ」
申請自体をキッパリと否定した。エマも隣で大きく頷く。全く心当たりがないと言い切った彼女は、付き従ったアガレスをちらりとみた。
「アガレス宰相閣下の前で申し上げるのは気が引けますけれど、城内に不思議な書類が出回っております。命令書であったり、申請書、それから支払いの許可証もありました」
エマが箪笥の一番下段から書類の束を取り出した。受け取ったロゼマリアが差し出すと、アガレスが中を確かめる。そして唸った。
「つまり、アガレスを通さずに書類が流れている、と?」
「はい、その通りです。回収できたのは一部でしょう。魔王陛下が外敵と戦う間、獅子身中の虫は元気に羽を伸ばしていたようですわ」
「見つけたわよ」
開いていたドアから入ったオリヴィエラは、何か小さなメモと魔石を持っている。オレから隠すように後ろに手を回しかけ、赤い唇が諦めたように溜め息をついた。
「隠すとひどい目に遭いそう」
「それはなんだ?」
「証拠品です。私では目立つので、オリヴィエラに頼んでいました」
オリヴィエラは、手を伸ばすアガレスを横目にオレの手に直接渡した。魔石は質が悪い。しかし通信機能のみを持たせたらしく、実用性はあった。逆に魔力の質が悪く量が少ないことで、気づかれにくい。
メモを広げると、ある人物の名前が記されている。見覚えのある名に、オレは眉を寄せた。
「捕らえろ」
命じられたオリヴィエラは静かに頭を下げ、ロゼマリアにウィンクしてから部屋を出る。緊張した面持ちのアガレスに、メモを見せた。
「まさか」
絶句した彼の様子に、何も気づいていなかったことを知る。任せすぎたか。自分の判断の甘さのツケを、静かに受け止めた。
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