358.恐怖を喧伝する餌にちょうどいい

 ヴィネは追いかけたエルフの反撃に、一度引いてみせた。攻め続けるより、引いたようにみせて誘い込んだ方が罠にかけやすい。案の定調子に乗って追ってきたエルフは双子だった。


 あの双子神と違い、連携が覚束ない。まだ未熟さが目立つ彼らの放つ矢を、指先を振って逸らした。拓けた場所より、森の木々が生い茂る位置まで連れ出し、ヴィネはようやく足を止める。


 くるりと振り返って獲物に笑ってみせた。


「お疲れさん、それじゃ死んでもらおうか」


 主君と定めた魔王サタンに逆らい、その眷属の領地を荒らした同種族に慈悲は不要だ。古代エルフであるヴィネにとって、この2人のエルフは敵ではなかった。かつての無謀な戦い方しか知らない自分なら、2対1は圧倒的に不利だ。


 魔法についてウラノスに師事し、戦闘訓練をアルシエルに頼んだ彼に死角はない。細身の剣を両手に構えると、顎をしゃくった。


「ほら早く来い。あの方を待たせてしまうだろうが」


 この傲慢な態度は昔と同じだが、多少憧れもあって口調を似せてみる。アスタルテ――彼女の強さも忠誠も、素晴らしかった。彼女のように魔王の手足として認められる一人前のエルフになりたい。その強い思いが、今のヴィネの芯だった。


「死ね」


「エルフの裏切り者が」


 芸のない発言の直後、森の木々を操って攻撃を仕掛けてくる。だが植物を操る能力はハイエルフの方が上だ。裏切り者と呼ばれる所以もない。彼らが先に俺を排除したんだ。


 ヴィネの双剣は長さや重さを同じにして作らせた。通常は利腕の方が長く重い。右利きのヴィネなら、左手の剣は防御用になるため短いはずだ。しかしヴィネに防御の型はなかった。


「我が手足となれ――緑の陣」


 魔法陣を剣先に仕込んだのは、双子神の片割れアナトの案だった。魔法陣の扱いに不慣れな練習風景を見ていた彼女が、簡単そうに剣の表面に魔法陣を刻んだのだ。魔力を通し、どの魔法陣を使うか選択すれば発動するように変更した。


 植物を操る魔法陣が光り、周囲一帯を埋め尽くす草木を支配下に置いた。エルフより魔力量が多く、古代の魔法文字を体内に持つハイエルフの強力な支配は、彼らも簡単に解けないだろう。走る蔦がエルフの足に絡み、揺れる枝が手を叩いた。武器を取り落とした愚か者を、大木の根が地面に縛りつける。


「くそ、卑怯だぞ」


「魂を売ったくせに」


 意味のわからないやっかみに肩を竦めた。なるほど、サタン様がよく呆れた顔をしている理由が実感できた。こういうことか。つまりは強くなりすぎると、勝手に知らない場所で恨まれて妬まれるのだ。


「お前らが弱過ぎるんだが、まあいい。主君の命は、敵の排除だ」


 容赦する余地はない。そう告げて剣を手前のエルフに向けた。遭遇する率が少ないエルフだが、殺すことを躊躇うほど希少種でもない。にっこり笑って、ヴィネは喉に剣を突き立てた。ごぼりと血を吐いてはくはくと口を動かす愚者を覗き込み、そのついでに剣の柄に体重を掛けた。


 深く刺さった剣を抜く際に、わざと傷口を広げる。生命力が強いエルフはこの程度で絶命しない。


「四肢を切断し、体の中央を裂いて腑を撒き散らす。あとは首を落とすか」


 わざと殺害方法を口にして怯えさせた。恐怖をエルフに喧伝する餌にちょうどいい。半殺しにした彼らをわざと逃し、ヴィネは終わったと伸びをして剣をしまう。


「サタン様、褒めてくれるかな」


 期待に足取りも軽く、湖へ向かって跳ねるように走った。

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