357.見下ろすなど無礼の極みだ
「魔王を頭上から見下ろすなど、無礼の極みだ」
見下ろされるのは好きではない。これは魔族共通の考え方らしく、誰もが上に立とうとする。上昇志向の現れなのか、別の理由があるのか。どちらにしても、高位魔族は上空から話しかけるのを好んだ。
「お前が魔王だと認めていない!!」
地面に叩きつけられながらも吐き捨てる気概は見事だった。だが場面を考えずに逆らうのは、愚者の行いに分類される。
ぐっと地面に頬を押し付けられ、若者は怒りの声をあげる。唸り、獣化しようとした。
「判断が遅い。上位者に立ち向かうならば、戦闘態勢を整えて仕掛けろ」
外見通りの若者なのだろう。戦いの基本がわかっていない。下位の弱者相手であっても、油断すれば潰されるのが戦いだった。実力がもっとも発揮できる状態が獣化ならば、その姿以外で敵に近づくのは自殺行為に等しい。
侮っていい相手かどうか、魔力の見極めが出来ていないのも致命傷だった。生き残れば教訓として生かせるが、オレが殺す気ならばすでに死体だ。学ぶ機会も与えられない場合があることを、この者らは理解する必要があった。
実力差がありすぎて、潰すのも憐れに思う。
「マルコシアス、マーナガルム、少し遊んでやれ」
「「はっ」」
目を輝かせたマルコシアスが、魔力を解放する。ぶわりと大きくなった体は硬い暗銀の毛に覆われていた。針鼠のように武器となる毛を逆立て、巨体は獲物に近づく。
にたりと笑うマルコシアスの牙から、涎がぽたりと獲物の顔に落ちた。怯えた様子で喚き散らす彼らの言葉は独創性がない。卑怯だ、拘束を解け、こんなやり方は認めない――まだわからぬらしい。
「お前達が認める必要はない。オレが要らぬと言えば、その命はこの世界に不要だ」
言いながら、パチンと指を鳴らして自由にしてやった。飛び起きる反射神経はなかなかだが、その後に続いた言葉がよくない。
「魔王位は俺がもらう、死ねっ!」
先ほど指先ほども動かさず、魔力だけで抑え込まれたことを忘れたらしい。なんとも都合の良い頭の出来をしているが、オレは怒りなど感じなかった。呆れただけだ。
しかしオレに対する暴言と判断したマルコシアスは違う。唸って姿勢を低くし、飛びかかって肩を噛み砕いた。痛いと喚き転がる獲物を、転がし、踏み、時折爪で引き裂く。
「我が主君を愚弄せし罪、一度の死で贖えぬと知れ。愚か者が……」
魔獣風情が……と喚く若者だが、その魔獣に殺されかけている現実が見えていない。魔獣以下の存在だと自覚し、そこから這い上がる根性はなさそうだった。
「我らにいただけるのですね?」
念を押すマルコシアスの後ろで、マーナガルムも別の個体を咥えて答えを待つ。今回は図らずもリリアーナ達が彼らの獲物を奪った事情もあり、オレは詫びの意味も込めて頷いた。
「よい、好きにせよ」
ばきっ、骨を砕く音がした。マーナガルムの咥えた獲物が絶叫を放つ。だがまだ息の根を止める気はないようで、機嫌よく尻尾を左右に振っていた。猫のように獲物を甚振る習性はなかったと思うが……魔狼や銀狼に関する記憶を引っ張り出し肩をすくめる。どちらでもよい、眷属が満足することが優先だ。
魔王が頂点に立つ者の称号ならば、この程度の輩に渡す気はなかった。
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