358.魔族にはルールと誇りがある
大量の魔獣に囲まれ、リリアーナは興奮気味だった。びたんと尻尾が地面を叩く。ドラゴンの尻尾と翼が背に残った姿で、にやりと笑う口元に牙が覗いた。
「リリー、見てていい?」
「罠仕掛けようよ」
自分勝手な双子の会話を聞きながら、リリアーナは考える。もしサタン様ならどうするだろう。邪魔をするなと怒る? それとも寛容さを見せるために好きにさせるのかな。
振り返って、楽しそうな2人が手を振る姿を目にしてから決断した。好きにさせよう。
「リリーを傷つけないように罠を用意しなくちゃ」
その気遣いあふれるバアルの声に、リリアーナの鼻に皺が寄った。なんだか侮られた気分だ。
「平気だよ」
黒竜なのだ。多少の罠なら踏み抜いてみせる。そう胸を逸らしたリリアーナの一言に、バアルが頬を指先で掻いた。
「ごめん、そういう意味じゃなくて。僕らが嫌なんだよ、リリー」
積極的に名前を呼んでくれる態度から、バアルやアナトが認めてくれたと判断した。リリアーナの尻尾が大きく揺れる。機嫌の良さを示すように左右に揺れ、魔獣を牽制した。
「いいよ、わかってる」
部下や仲間を許すのは、サタン様の真似。裏切ったら容赦しないけど、仲間は大切にするべきだ。敵は徹底的に排除して、二度と逆らわないよう見せしめにする。魔王のやり方は、リリアーナにとって理解しやすい。
アガレスやロゼマリアの言葉より、よほど真っ直ぐに響いた。敵に譲歩して油断させて討つ楽しさは、老後の余興だと考えている。ウラノスも人間と同じタイプだし……私には早い。その考えが種族特有のものと知らない若い竜は、魔獣を屠るための爪を研ぎながら笑った。
「じゃ、行く」
短く宣言すると動いた。一瞬で距離を詰めて、先頭の魔熊の頭を叩き潰す。地面に叩きつけて血と中身をぶちまけた獲物を一瞥することなく、目の前の巨大猪の鼻先を蹴飛ばした。鼻先を半分ほど吹き飛ばして着地し、不満そうに唸る。
「思ったより硬い」
もっと壊せると思ったのに。ぼやくリリアーナが爪に魔力を流した。切れ味を上げるために無意識に行ったが、見ていた双子は顔を見合わせる。
「やっぱりリリーの才能はすごいよ」
「自覚がないところがヤバい。無意識に最適の方法を探るじゃん」
「野生の本能かな」
かつて戦った黒曜竜を思い出すが、これほど賢くなかった。魔法を使うしブレスも多用して厄介だったが、中身はもっと獣に近かったと思う。
ひそひそと話す子供達の前で、リリアーナの爪がキマイラのような獲物を捕らえた。爪を上手に使い切り裂くと、甲高い悲鳴をあげて生き絶える。直後に、集まっていた魔獣達が逃げ出した。
断末魔の叫びは、よほどの恐怖と混乱を引き起こしたのだろう。まるでスタンピードのように全力で駆ける魔獣に、リリアーナが慌てる。
「だめ、まだやっつけてないのに」
全部倒す気だったの? そんな顔を見合わせた双子が笑いながら魔獣の一群を結界で包んだ。
「リリー、こっちのだけで我慢して」
「この辺は強そうだよ」
用意された生簀の獲物に不満が喉をつきかけたものの……リリアーナは余計な言葉を飲み込んだ。双子に悪気はないし、逃した自分が悪い。以前なら八つ当たりしただろうことを自覚しながら、黒竜の娘は捕らえられた贄を狩り尽くした。
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