343.英雄譚に隠された呪いを暴け

「連れてきたんじゃなく、飛び込まれた」


 むすっとしたヴィネの頬が膨らむ。完璧に作った魔法陣に、割りこまれたのだ。レーシーが乱入したため、危うく転移中に手足が取れるところだったと訴える。自分のミスみたいに言われるのは、納得できなかった。


 ハイエルフは魔法に秀でており、華奢な外見を裏切る頑丈さを誇る。手足がとれようが、首を切られようが、すぐならば再生が可能だった。だが一緒に連れた子供は人間だ。千切れたら後遺症が出ないとも限らない。


「ご苦労でした」


 事情を察して労う師匠のウラノスに、ヴィネの膨らんだ頬が収まる。魔法より実力行使を好むアルシエルは、レーシーの無謀な行動の理由が気になるらしい。魔王サタンに許されて、自由に情報収集活動を行なっていたレーシーだが、確かに戦闘の場面で役立つ可能性は低かった。


 普段は甲高い声で歌い続ける彼女だが、ぺたんと座ったまま動かない。どこか傷つけたか。その可能性に近づいたアスタルテの足に、がしっとレーシーがしがみついた。


 顔をしっかりと見上げて、レーシーはひとつの叙事詩を歌い始める。この世界で長く語り継がれた過去の英雄譚だが、魔族は知っていた。その英雄が初代の魔王を示すのだと。


 人間は勘違いして広めているが、レーシーと出会った人が覚えて広めたのが始まりだ。英雄は仲間と出会い、彼らと協力して国を作った。羨み攻め込む強欲な者らと戦い、勝利を収める。やがて仲間の一人が妻となり、彼らは子孫に国を譲った。めでたしめでたし、人間が知る叙事詩はそこで終わる。


 だが、英雄の末路は悲惨だ。妻は別の男と浮気し、それを目の当たりにした英雄に殺される。怒りに駆られ残虐な方法で殺したことで、英雄の中で何かが壊れた。狂った王を粛清したのは、最愛の妻との間に生まれた我が子だった。


 命懸けで戦って世界をまとめ上げた英雄は、妻を寝取られて惨殺した挙句に、我が子に仇を討たれたのだ。転がった首は呪いの言葉を吐き捨て、以来この世界は呪いの中にある。人間の間で広まることのなかった英雄譚の最後に、不可思議な言葉が綴られていた。


 異国の響きに似た呻き声のような言葉――誰も理解できずにただ受け継がれた部分だ。レーシーの間ではもっとも重要視され、音階から声の強弱に至るまで共有して歌われてきた。


 最後まで歌い終えると、レーシーは疲れたようにうつ伏せた。ククルが選んだひらひらした衣で倒れた姿に、アスタルテは思い出した。


 ああ、そうだった――この世界は、望まれぬ姿で放置された未完成の器だ。なぜ忘れていたのか、どうして放置したのか。様々な感情が浮かんでは消え、アスタルテは白い髪を乱して平伏すレーシーに声をかけた。


「解呪の役目、ご苦労だった」

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