342.不純物混入じゃねえか!

 ティカルとマヤは大急ぎで準備を整えた。今度こそ役に立てる。拾ってくれて、ご飯をお腹いっぱい食べさせ、安全に保護してくれた。滅びた国から見れば、容赦ない魔王だろう。だが自分達のような孤児を保護し、望めば教育も施す。そんな執政者がどこにいる?


 親が死んでから苦労した孤児の経験が、ティカルの考えの基礎の一つになっている。人間は己の利益を追って弱者を切り捨てた。あの日、襲ってきた狼の群れは確かに魔王の手先だ。食われて死んだ者も見たが……救いを求めれば手を差し伸べられた。人を殺したのと同じ手であっても、ティカルにとっては救いだ。


「あの方のお役に立ってみせる」


 褒めていただくのだ。お前達を拾ってよかったと、教育した甲斐があったと認めていただきたい。今の望みはそれだけだった。魔力量の多さを見込まれたのだから。隣に立つ妹も魔力量は人間の中でずば抜けていた。


 飢えてがりがりに痩せていた妹は、ふっくらした頬で、当時は入手できなかった愛らしいワンピースを着ている。上から魔術師のローブを羽織り、マヤは大きく頷いた。


「お兄ちゃん、頑張ろうね」


「ああ」


 ようやく声がかかった。必死で技術を磨く間に、様々な騒動の顛末を聞くだけの悔しい時間を過ごした。魔王様の腕を奪った邪神を追いかけ退治する――兄妹は手を繋いでその時を待った。


「準備できたのか? じゃあ行くぞ」


 ふらりと窓から入り込んだ兄貴分のヴィネに頷く。ハイエルフという希少種であるヴィネは、子供達に魔術を教える役目を担っていた。基本を教え、魔力の操り方を覚えさせる。そこから先はウラノスも協力したため、子供達の成長は著しかった。


「魔王様はご無事なんだよな」


「ああ。少し休むってさ。起きてくるまでに片付けて、褒めてもらおうぜ」


「「うん」」


 ヴィネはティカルとマヤの髪を撫で、足元に魔法陣を投げた。用意してあった魔法陣は発動前の淡い光を放っている。3人全員が乗ったのを確認して、ヴィネが魔力を流した。その瞬間、予想外の人物が魔法陣に入り込んだ。だが止めることはできず、そのまま転移してしまう。


「不純物混入じゃねえかぁ!!」


 叫んだヴィネの声を最後に、3人プラス1人はアスタルテの魔力を終点とした転移を成功させた。


 転がり出た魔法陣の外で、ヴィネが呻く。地面に膝をついて嘔吐するハイエルフに、ティカルが心配そうに背をさすった。ヴィネが噛み切った指先の血が、地面に滴る。


「くそ、最悪だ」


 予定外に増えた人物の魔力が反発し、転移中に修正を余儀なくされた。座標は固定されているため、大急ぎで魔法陣の一部に血を流して変更するしかない。成功したのが嘘のようだった。


「こんな荒技よく成功しました」


 変更した魔法陣を読み解き、ウラノスが感心しているとも馬鹿にしているとも取れる発言をした。呻くような声は苦い色を滲ませ、驚きから溜め息を吐く。一歩間違えたら全員、転移に失敗して四肢がバラバラだった可能性もある。両側に体を半分ずつ残したら、治癒も間に合わない危険もあった。


「……何故この子を連れてきた?」


 戦いの役に立たないだろう。そう告げる冷静なアスタルテの声に、みんなの注目を浴びたのは……レーシーだった。

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