338.羞恥心を教える適任者を探せ

 鍵をかける必要はないと告げれば、きょとんとした顔でリリアーナは反論した。


「私まだ未婚の雌だもん。誰か雄に見られたら困る」


 なるほどと納得しかけ、マントにかけた手を止めた。オレも未婚の雄だぞ? 見られたら困るだろう。


「リリアーナ、オレは雄だぞ」


「護衛のお仕事、ちゃんとする」


 護衛対象か。確かに護衛が外で待つのはおかしいし、駆けつけが間に合わない。緊急時に手が届く範囲にいなければ、守りきれないのは道理だった。納得して指をパチンと鳴らす。黒曜竜の革を使ったベルトやブーツを含めた衣服を消し去り、浴室へ入った。後ろから駆けてくるリリアーナが、爪を立てて止まる。滑って転びそうになったのだろう。


 予想がつく状況に苦笑し、軽く湯を浴びてから椅子に腰掛けた。体を洗おうとして、右腕がないことを思い出す。肩から切り落としたので、復元するにしても魔力の消費量が激しい。今の緊迫した状況で、使える魔力は温存するのが正解だった。


「私が洗うね」


 自ら名乗り出たリリアーナが、手際良く泡を立てて洗い始めた。爪を引っ込めた指先は触れても痛みがない。出会った頃とは雲泥の差だった。あの頃は爪を立てて騒ぐ猫のようだったが、だいぶ落ち着いたようだ。


 丁寧に背中を洗い、腕を辿って、足元に座って洗い始めた。ロゼマリアに何度注意されても、薄衣を纏うのを嫌う。褐色の指先が足を洗い終えると、困ったように止まった。さすがにそれ以上洗わせる気はないので、泡立てた布で自ら洗う。その間にリリアーナも自分の体をさっと洗った。


 先に湯船に入り、周囲をきょろきょろ見回して確認する姿は、立派な護衛だ。褒めてやり、頭を撫でる。湯船を泳ぎ、ロゼマリアに怒られた子供は、長い金髪をくるくると巻いて頭の上に固定していた。


「これはどうした?」


「ローザがくれた」


 髪留めのようだが、風呂で使うことを前提にした素材だ。木製の質素なピンは、飾る目的ではなく湯船に髪が浸らないように留めるだけ。少し考え左腕で収納から取り出した箱を魔力で浮かせた。


 両腕がなくとも、魔力が豊富な魔族なら生活に困ることはない。腕の代わりを魔力が代行できるからだ。開いた箱から、左手で掴んだのは赤い石から削り出した簪だった。長細い魔石から削り出したため継ぎ目がない。石ならば水の中で傷むこともあるまい。


「これをやろう。風呂でも使えるはずだ」


「くれるの? ありがとう! サタン様のプレゼントだ」


 大喜びして、お湯から立ち上がる。鼻歌を歌いながら、木製の髪留めを外し、簪で絡めて留め直した。


 目の前にいるのは未婚の雌だが、幼児同然の子供だ。なのに見ていられなくて目を逸らす。リリアーナに羞恥心を教えるのは、親の役目か? ロゼマリアが口うるさく言っても聞かないなら、アスタルテに任せるか。


 綺麗に留められたと笑うリリアーナの顔に、羞恥は欠片も窺えず……オレは天井を仰いで溜め息を吐いた。4つの国を制圧した戦より、よほど気を使う。風呂に入ったのに、なぜか疲れたオレは風と水の魔法を使って体を乾かして服を纏う。その間も面倒を見ようと足元を彷徨くリリアーナは、ひたすら元気だった。

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