323.人聞きの悪い冤罪だ

 置いていかれた。悲しみを苦しさを必死に訴える子供を引き寄せ、落ち着くまで温もりを与える。


 滅した闇と、あの黒い神は繋がっている。同種の魔力を保有する敵だが、同一個体かと問われれば違った。その辺の事情を説明するアスタルテの声に、ウラノスやアルシエルの質問が飛ぶ。事情が理解できないロゼマリアは、余計な口を挟まなかった。リリアーナを心配するクリスティーヌに、オリヴィエラが何かを言い聞かせる。


 アナトとバアルが肩を竦め、アスタルテが行う説明に情報を追加した。唸るウラノスとアナトは気が合うのか、さらに深い話へと突入していく。研究職向きの2人は仮定をいくつか並べ、検討を始める。バアルが苦笑いしながら、妹の横であれこれとアドバイスを挟んだ。


 騒然とする中庭へ、書類片手のアガレスが署名を求めに来た。決裁が必要な書類にさっと目を通し、アスタルテが署名する。それから手短に指示を出した。溢れ出た難民の仕分けに関する指示は、すぐにマルファスが伝えに走った。


 ぐるりと見回せる狭い庭に、手足となった魔族や人間が集まっている。この世界に来た当初は、誰もいなかったのだが。


 くつりと喉を震わせて笑い、腕の中にいる少女の頭をゆっくりと撫でた。手袋越しに感じる金髪の柔らかさに目を細めた瞬間、リリアーナは鼻を啜りながら唇を尖らせる。


「さっき、サタン様消えた。私だってわかるもん。消えたでしょ! あんなの酷い」


 追いつけない場所で、手が届かず見えない場所で、契約した主君が消えた。その恐怖を必死に訴える。あんなのはダメだ、許さない。絶対に嫌だと全身で否定するリリアーナに、顔色を変えたアスタルテが近づいた。


「リリアーナ、あなた……わかったの?」


「……リスティも知ってる。私達、サタン様が薄くなったの知ってるんだからっ! 黙って酷い、私も一緒がいい」


 まだ言葉が足りないリリアーナが感情的に話せば、さらに内容は途切れ途切れになる。感情優先の言葉が飛び出し、全体像を掴んだのはアスタルテとオレだけだろう。


 何かを探すようにリリアーナの手足を確認するアスタルテが、きゅっと唇を引き締めた。


「陛下、大切なお話があります」


「なんだ」


「2人でお話しできませんか」


 リリアーナを離せと告げる側近の顔は厳しい。彼女らを配下にしたことに、何か不満があるのだろう。仕方ない、当時の状況を説明するか。そう考えて離した手に、リリアーナの指が絡み付いた。しっかり手を繋いで、リリアーナは宣言した。


「私も行く! アスタルテ狡い! さっきも一緒だったのに、また……私っ、隣にいるから」


 しゃくりあげるリリアーナの強い言葉に、アスタルテが大きく溜め息を吐いた。彼女と視線を合わせるために屈んだ吸血鬼の紫水晶の瞳が、責める色を浮かべた。


「誑かした、自覚はおありか?」


「ない」


 人聞きの悪い冤罪だ。そう告げるオレに、立ち上がったアスタルテは顔を顰めた。


「わかりました。では謁見の間でいいですね」


 他の誰であっても、聞きたい者は参加すればいい。そう示したアスタルテの顔は厳しかった。どうやらオレは自覚なく、何かをやらかしたらしい。

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