311.見え透いた策に乗るのも悪くない
後宮の建物の一部にヒビが入った。騒ぐドワーフの修繕が始まり、騒がしいため移動を余儀なくされる。ゆっくり休める部屋を考えた結果、仮眠室の存在を指摘するリリアーナに手を引かれ、執務室へ戻った。積まれた書類に近づこうとしたオレを、彼女は無理やり隣の部屋に押し込む。
無駄に天蓋などの装飾品が残る仮眠室は、一度も使ったことがない。倒れ込んだシーツは、使われない部屋であっても整えられていた。
「私も寝るから、ご褒美に抱っこしてて」
自分への褒美だと言い放つ彼女の本音は、オレを休ませたいのだろう。そのまま口にしたら、仕事を始める。そう考えた彼女なりの作戦だった。拙い策を拒むことは簡単だが……目を閉じた途端に疲労感が身体を沈める。
「こい」
見え透いた策に乗るのも悪くない。隣に潜り込んだリリアーナが、胸に頬を摺り寄せる。部屋の中は薄暗く、カーテンが引かれたままだった。外はまだ明るい時間帯であり、ドワーフが修復のために走り回る音が聞こえる。復旧のために必要な情報を集める人々の足音を子守唄に、目を閉じた。
眠って回復しなくては足手まといになる。そのような無様を晒す気はない。信頼できる部下がいるなら、彼や彼女らに任せるべきだった。
「お前は出来すぎる」
そう言ったのは前魔王だったか。奇襲を仕掛けたオレを簡単に退け、だがトドメを刺そうとしなかった。父子の関係ゆえではない。これはただの余裕だった。
実力差があり過ぎれば、叩く必要はない。いつでも潰せる虫に本気で応じる必要はないからだ。突きつけられた残酷な現実に、オレは何も言い返せなかった。
「すべてをお前1人で行えば、必ず綻ぶ。今のままなら我に届く日は来ないだろうな」
くつりと喉を震わせて嘲笑するくせに、オレの未熟さを具体的に指摘した。成長を促す、という意味では間違っていない。だが息子を育てる意図はなかった。より潰し甲斐のある敵に育って再挑戦しろ……それは屈辱の記憶だった。
魔王を狙ったとして、彼の配下が次々と襲ってくる。分かっていた。彼は指示しない。ただ勝手に意を汲んだ連中が、オレを無理やり鍛えようとしただけ。主君が望む対戦相手になるように。
強くなれば再挑戦できる。だが鍛え終わる前に死ねば、その程度の者だったと報告すれば終わる――彼らの考えは真っ直ぐでわかりやすかった。だが理解できたからと言って、彼らの攻撃が避けられるわけがない。逃げ回る間にアスタルテの忠誠を受け、ククルや双子を拾った。
配下としての誓いを受けて、ようやく手札が増えた。攻撃の幅が広がり、後ろを任せることで自由に動ける。2万年以上の時を費やしたが、父王を倒したオレは魔王の地位を継いだ。かつての強者であった者を狩り……その最中にこの世界に呼ばれたのだ。
冗談じゃないと憤ったが……悪くない。緩く抱いた腕の中で、身も心も委ねて眠る存在を無意識に引き寄せながら、さらに深く夢も見ない眠りへ落ちた。
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