310.配下が誇れる王であることは絶対だ
膝が崩れるなど己に許さず、気持ちを入れ直した。目の前で、威嚇するリシュヤと対峙するリリアーナが爪を使い、攻撃をいなす。彼女が倒れる前に、オレが倒れるわけにいかぬ。
魔王がこの程度の苦境で膝をつけば、従う配下と部下を危険に晒す。一度己に許した弱さは、いずれ足元を掬い崩壊の切っ掛けとなる。人のうえに立つと決めた時から、この身は己だけのものではない。配下が誇れる王でいることは、オレに命を預ける彼女らを護るのと同意語だった。
ひとつ大きく息を吸い込み、一気に魔力を解放した。ぶわっとマントが空に舞う。長い黒髪が巻き込まれて宙に踊った。オレを中心に風が輪を描いて広がる様は、魔力の拡散を意味する。
口角が持ち上がった。ここまで魔力を使わせた作戦は評価してやろう。どのようなつもりであろうが、オレの庇護下にあるモノを傷つけるなら容赦はしない。高まる魔力の密度が息苦しくなり、酔う程の濃さにより実体化した。
魔力を必要なだけ持っていくがいい。代わりに、オレの物を返してもらうぞ。
爆発するような魔力の強さに、青い顔のオリヴィエラが飛び込んできた。ロゼマリアはどこかに置いてきたらしい。アスタルテは索敵で動けず、バアルとアナトは捕獲に出た。アルシエルとウラノスはまだ魔法陣を解除し終えておらず、今は動けない。ならば、手の空いた魔族は彼女だけだった。
「サタン様! これは……うっ」
濃すぎる魔力に気圧されて下がろうとしたオリヴィエラに「下がるな」と命じた。一度退くことを覚えたら、二度目も足は後ろに下がる。気づいたように歯を食い縛るオリヴィエラは、下がりかけた右足を前に踏み出した。
その心意気やよし。満たした魔力が急速に収束する。術を使うに足りた魔力は、生命力に換算され治癒に使われた。きらきらと眩しい光を放つ子供達の中には目を覚ます者も出る。手足をぎこちなく動かし、痛みが消えるたびに笑みが戻った。
「リシュヤぁ!」
小さな子供が手を伸ばす。見慣れた保護者を呼ぶ幼子に、ユニコーンの殺気が薄れた。見回して状況を把握すると、威嚇を解いて崩れおちる。血塗れの手で抱いた幼女が目を覚まし、嬉しそうに笑った。
「お兄ちゃん、痛くない!」
「ああ……よかった。本当に……生きててくれてよかっ」
声を詰まらせて抱きしめ、少し苦しいと文句を言われる。血走った目の色は元に戻り、優しい色を浮かべた。リリアーナもほっとした様子で竜化を解く。
状況分析に長けたオリヴィエラは、倒れた侍女を起こして子供達の数を確かめるよう命じる。オレや彼女の姿に慌てた侍女が同僚を起こし、彼女らは大急ぎで子供の顔や状態を確認した。
「保護した子は全員揃っているようです」
オリヴィエラの報告を受け、疲れて怠い身体の不調を隠して頷く。貧血に似た症状は以前も経験していた。魔力の急速な欠乏による眠りだ。
「サタン様、約束。一緒に休んで」
駆け寄ったリリアーナが、まるで自分が休みたいかのように告げ、強く引っ張った。だが城の結界がまだ万全ではない。そう告げるオレに、オリヴィエラが肩を竦めた。
「陛下のお力なら一瞬でしょうけれど、私達にも活躍の場をお譲りいただきたいわ」
その言い回しに、彼女も気づいているのだと理解した。途端に身体が重く感じられ、任せると口にする。以前なら絶対にしなかった行動だが、なぜか悪くないと思った。
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