296.猟犬は選定しなければならぬ

 地下の水脈を使えば、最短距離で移動できる。その可能性を指摘したのは、ウラノスだった。


 元魔王の亡骸を辱めた闇の気配は、この地から動いていない。獣人達を虐殺し、守護した炎竜を屠った闇の正体は後回しだった。バシレイアが聖国と呼ばれる理由は、聖女が興した国であること――彼女がバシレイアの地を選んだのは、クローノスの魔力が埋まっていたからだろう。


 水脈を使って遺体は奪われた。元魔王の魔力はさぞ美味しかったはずだ。ウラノスが地下で眠っていれば、違和感に気付いて阻止した。しかし孫娘の魔力に惹かれて目覚めた吸血種は、大切な宝を奪われたことに気づけない。離れるべきではなかった。


 ウラノスの後悔は察して余りある。だがクリスティーヌを見捨てなかったことは誇れるはずだ。寿命を終えたクローノスに、ウラノスは死ぬなと命じられた。鬼人王はこの未来を知っていたのか。


「敵は器を奪う、ならば奪われぬ種族が必要ですな」


 ウラノスが長い銀髪を手早く結んだ。慣れた指先でくるりと回し、邪魔にならないよう高い位置で結んだ彼の口調は、古臭いまま変わらない。姿が変化しても中身は同じウラノスに頷いた。


 今までに奪われたと思わしき人物は、子供姿の人間、炎竜、鬼人王クローノスだ。最初の子供は分からないが、残った2体は死んでいた。クローノスの遺体に残された魔力を回収して使用したなら、奴は生きた者も操るはずだ。


 吸血種は、生者も死者も操る。ゆえに自らが他者に操られることはない。乗っ取られる心配がもっとも少ないため、今回の任務に適しているだろう。


「アスタルテ、クリスティーヌ」


 眷族を呼ぶ主人の要求に、距離も時間も関係ない。同じ世界なら、魔力を込めて名を呼べば事足りた。獣人の街の大地は焼け焦げて黒い。まだ死臭漂う地に2人は現れた。


 腰を折って深く礼をしたアスタルテと異なり、クリスティーヌは走って抱き付く。受け止めて黒髪を撫でた。白いワンピースを好む少女は、袖を摘んで見上げてくる。


 軍服姿のアスタルテは、珍しく襟を少し緩めていた。休憩中だったか。


「身体を乗っとる闇が蠢いている。追えるか」


「……実体がない闇、ですか」


 安請け合いも即答もしないアスタルテは、命令ではない要請を慎重に繰り返した。考える間に、クリスティーヌが不思議そうにウラノスへ問うた。


「死んだの操れるの?」


 彼女にしたら当然の疑問だ。いままでクリスティーヌが操ったのは、生きた小動物ばかりだった。人間などの複雑な思考を持つ種族や死体を操った経験がない。そもそも操れると知らなかった。人は知らない知識の先を求めるが、想像すら追いつかなければ、その探究心も刺激されない。クリスティーヌがその状態だった。


「死体も操れるわ。お勧めしないけれど」


 付け加えた後半部分を強く、言い聞かせるように口にしたアスタルテは表情が固かった。


「わかった、試さない」


 約束するようにクリスティーヌが頷く。ウラノスが重ねて孫娘に言い聞かせた。


「絶対に操るでないぞ」


 こくんと頷いたクリスティーヌは、周囲を見回して何かを見つけたらしい。掴んでいた袖を離して歩いていく。何となしに見守ったオレは、彼女が拾った破片に目を見開いた。

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