291.炎の弔いに値する竜の最期

 辛い役目を自ら名乗り出たアルシエルの意思を尊重する。主君として立つ以上、彼らの申し出や表情に滲む感情を蔑ろに出来なかった。時間がかかろうと、配下の覚悟を見届けるのも主の器のひとつだ。


 なんでも解決してしまえばいい。そう考える強者は多い。手を出し過ぎると配下は動きを止める。組織の機能停止だった。上司に負担を押し付け、配下は楽をして褒めるだけになる。口先だけの感謝を口にし、その歪さに誰も気づかなくなった時が終焉だった。


「……ありがとうございました」


 見守ったオレに礼を言うアルシエルの行動は、配下として相応しい。手を出さなかったこと、しかし最後まで立ち会ったこと。どちらも簡単だが出来ない主ばかりだった。前世界の魔王の言葉が思い出される。振り払うように首を横に振り、散らばった竜の最後を眺めた。


「炎竜ならば炎に還してやろう」


 右手に作り出した炎を赤からオレンジを経て黄色へ高める。それでも足りない。炎の名を冠するドラゴン種の弔いならば、獣人を守って討たれた者への餞別だった。緑、青、そうして最後に白い炎へと温度を高める。


 骨まで焼き尽くし溶かす高温の炎は、陽炎のように揺らめいた。


「我が、君……」


 ごくりと喉を鳴らすアルシエルは、この温度の意味が理解できたらしい。驚いた顔をしたのはウラノスも同様だ。炎の中でもっとも高温を誇る白炎を宿す右手を払う。その動きに伴い、炎は指定された竜だった肉を、骨を、翼を……爪や目を焼き払った。溶けるように消える鱗は、炭や灰すら残さず蒸発させた。


 炎に守られ、炎を操る彼にとって……白炎で葬られることは本望だろう。ゾンビという悍しい呪いから解放され、浄められた。


「最上級の弔いに感謝を」


 一族の王として、アルシエルは深く頭を下げる。ぽんと肩を叩いて口角を持ち上げた。


「感謝は早い。だ」


 示した先に、小さな子供が立つ。この地に降りた時、ゾンビ化した炎竜は獲物を追っていた。本能のみになったゾンビは、食料を必要としない。生き物を追うのは、かつての本能に従う行動だった。つまり、草食獣ならば獲物は追わないのだ。炎竜が狩る食料として、人間の形をした子供は対象外だった。


 まず個体のサイズが小さすぎて食料になり得ない。さらに竜は魔力が豊富な地にいれば、餌を必要としない事情もあった。この街に地脈はないが、獣人が棲まう地域で子供を食料とした訳がないのだ。仲間なのだから。


 ならば、何故あの子供を追いかけたのか。


 答えはひとつ。死ぬ前に敵として認識した存在――竜を殺しゾンビ化させた犯人だ。


「……まさか、復活を?」


 子供を見るなり、ウラノスは青ざめた。震える唇が漏らした言葉は、吐息のように細く弱い。怯えたように両手で肩をだく少年姿の吸血種は、あの子供の正体を知っているらしい。


「ウラノス、あれは何だ?」

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