290.同族の恥を雪ぐは王の務め

 一度も訪れたことのない場所に、転移の終点は指定出来ない。万能に見える魔法にも法則は存在し、転移に関しては終点の設置と魔力消費量に適用される。距離が遠くなるほど、場所の記憶が曖昧であるほど魔力の消費が激しかった。


 中庭で転移魔法陣を描くのは、アルシエルだ。法則に従い、一度現場に足を運んだ彼が転移の起点となる。通りかかったウラノスが見かねて手伝い始めた。さらさらと描かれる魔法陣に終点を指定する。


「お待たせしました」


 その言葉で足を踏み入れ、アルシエルの肩に手を置いた。ここから魔力を供給してやることにより、彼の負担を軽くする予定だ。流した魔力に驚いた顔をするが、アルシエルはすぐに礼を言葉にした。


 黒竜王として強者に名を連ねる彼だが、無尽蔵の魔力はない。ここで突っぱねる愚か者なら捨て置くが、厚意を受け取る器の大きさは重要だった。


 彼ならば、どこかの地域を任せても問題ない。魔族の併合を実行するに辺り、纏め役に任ずるつもりだった。反発する種族を黙らせる強さと、相手の言い分を聞く寛容さを兼ね備えた者でなくてはおさまらない。アスタルテも適性者だが、この世界に手足がない現状を考慮してアルシエルに白羽の矢を立てた。


 今回の騒動に興味があるのか、同行を申し出たウラノスも伴う。この2人は意外と相性がよく、一緒に使えば相乗効果が望めそうだ。武のアルシエル、文のウラノス。バランスは取れる。今後の采配を考えながら、転移した先で腐臭に顔をしかめた。


におうな」


 アルシエルの報告では、炎竜の死骸はなかった。ならば、この腐敗臭の正体は……。


「ぐぎゃぁおおおお!」


 空中に出た転移の終点で、オレは背の翼を広げる。ふわりと魔力で浮いたオレの足元に、ウラノスが展開した結界魔法陣が光った。その光を蹴って高く位置を取れば、少し先で何かを追いかける竜が見えた。赤い鱗を閃かせ、獲物を追う姿は野生の竜だ。


「っ! 陛下、御前失礼いたします」


 叫んだアルシエルが竜化した。空中に飛び出した男の身は、瞬く間に黒銀の鱗を纏った巨体となり、滑空して炎竜に迫る。迫りくる脅威に、ゾンビが振り返って叫んだ。


「ぎゃぁう、ぐあああ」


 威嚇する炎竜は、相手が格上だという判断さえできない。ただ目の前に飛び込んだドラゴンに牙を剥き、爪を向けた。立ち上がった姿に、アルシエルが容赦なくブレスを叩きつける。


 竜同士の戦いで、立ち上がって攻撃するのは捨て身だ。強さに差があれば、遠くから攻撃を試みる。それでもダメなら伏せて、急所の喉と腹を隠して威嚇した。立ち上がって腹を晒す無防備な姿は、捨て身の攻撃と判断する。


「ぐあ、ぎゃうあ!」 


 腹の中央をブレスでくり抜かれ、暴れる赤竜が尻尾を振り回す。致命傷となる腹の穴を晒し、本能の傀儡は残された街を破壊した。己が守ろうとした街も、同族も判断できない。誇り高い竜の器は、アルシエルの続け様の攻撃に壊され、手足や首を転がし、数時間かけてようやく倒れた。

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