283.滅びる国に王は不要だろう
「抜くぞ」
声を掛けると、魔力で空中に足場を作ってリリアーナを固定する。
治癒を施しながら、鱗に手をかけた。剥がれかけの鱗を1枚剥ぎ、引っかかった剣も抜く。もっとも効率的な治療だが、悲鳴をあげたリリアーナが振り回した尻尾が周辺を叩き壊した。さらに興奮し過ぎてブレスを連発し、ユーダリルの王都が煙に包まれる。
八つ当たりでさらに数発のブレスが建物を壊し、地上は阿鼻叫喚の嵐だった。リリアーナも治療に必要だったのは理解しているらしい。だが竜は滅多に傷を負わないため、存外痛みに弱い一面もある。
頭痛のように内側から痛むと、子供のように泣くこともある。今回も人間に傷つけられたのが悔しいのと、痛みで混乱しているのだろう。じたばたと手足をバタつかせ、足場から外れた尻尾で教会だという建物を粉砕した。
滅ぼす国だ。国王はもう不要だった。先ほどの王妃を娶り、我が侭を許容したなら同罪だ。罪は償わなければならない。苦しめられた民に殺されるも、ドラゴンに潰されるも大差なかった。
たとえ魅了眼で操られたとしても、罪を軽減する理由にならない。国の最高位であり、独裁で派兵や司法を操る権限を持つ者が王だった。魔術師を置くなど防御をしなかった時点で、操られた彼らに隙があったのだ。その隙を残したことが、最大の罪だった。
人の上に立つなら、己の身辺警護を本気で行うのが最低ラインだ。義務を怠り権利のみ主張した結果がこれなら、悪くない結末だった。
「ぐぎゃああ!!」
一際大きな悲鳴と、名を呼ぶ数人の男達。それらの響きも消え、ぐるると喉を鳴らしたドラゴンが空に舞い上がる。見回す先は、無残に崩れた瓦礫や苦鳴を漏らす人の群れがあり、魔王に弓引いた者らの哀れな末路に色を添えた。
「……終わったか?」
暴れ足りたかと問う先で、リリアーナは不思議な方法で人化した。ドラゴンの身を小さく丸め、己を黒い煙で包んでから人化して現れる。
「もう満足した。帰る?」
にっこり笑う彼女は、肌を他者に見せずに人化しようと黒い煙を纏って姿を隠した。オリヴィエラが使う複雑な魔力による服の構成を諦め、今の自分が出来る方法を模索したのだ。一番失敗が少なく、現在の実力で無理なく使いこなすことを条件に考えたなら、称賛に値する。
「よく考えた」
さらさらと背に流れる金髪を撫でて、まっすぐに金の瞳を見て褒めた。先ほどの紛い物の指輪より美しい魅了眼が、きらきらと輝く。もじもじとスカートを指先で弄った後、リリアーナは褒美を強請った。
「あのね。帰ったら2人で昼寝したい」
「よかろう。褒美として叶えてやる」
抱きついた褐色の肌を支え、オレは転移で東門へ移動した。集まった少数の人間を回収し、足元に魔法陣を放つ。ゆっくり回転しながら広がる魔法陣が王都を包み、鮮やかな光を撒き散らした。
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