284.適材適所は能力の把握が必須だ

 青みがかった銀の輝きは網目のように細かな呪模様で構成された。発動した魔法陣は、その土地の上にある人工的な無機物をすべて砂に戻す。


「アースティルティト」


 片腕と定めた女の名を呼ぶ。それは恋愛を含まない信頼関係だった。愛憎表裏一体の恋愛は、もっとも危険な感情だ。だから重要視しない。愛する者を作ることは、弱点とイコールだった。夫婦も恋人同士も、互いに足を引っ張り合い滅びるのを何度も見ている。あれほど身を滅ぼす感情は他に知らなかった。


 だから配下に恋愛は持ちこませない。オレが死んだらアースティルティトがすべて引き継げ――魔王位に就いたオレが、玉座で口にした言葉に、彼女はにっこり笑って首を横に振った。返答は確か、あなたより長く生きる失態は犯しません……だったか。


 守って死んでみせる。だから死後の話は別の者にするよう、平然と言い放った豪傑だ。吸血鬼の始祖であり、あの世界で最も長く生きる魔族だろう。


 現れたアースティルティトを牽制するように、リリアーナはオレの腕に絡みつく。ぺたんこの胸を押し当て、スタイル抜群の軍服美女を睨みつけた。子供ゆえの幼い嫉妬は愛らしい。拾われた魔族によくみられる現象のひとつだ。己を認め拾い助けた者に懐き、誰かに取られまいと権利を主張した。いつもと同じ、目を細めて見守るオレに彼女らは溜め息を吐いた。


 互いに同じ事例に対し、違う立場で……似たような意味合いの溜め息に気づき、アースティルティトはくすくす笑う。


「お呼びですか、陛下」


「この場を片付けろ。一任する」


 人材の登用も、処分も含めての命令に嬉しそうな顔で頷いた。様々な感情を処理しきれず混乱するリリアーナの姿を、微笑ましいと受け止めるアースティルティトが「承知しました」と頭を下げた。


 先ほど拾った男とその家族を連れ、バシレイアまで転移する。居城に定めた敷地の中庭に、結界で安全を確保して飛ぶのは難しくない。通りがかったドワーフが駆け寄ってきた。


「ああ、よかった。城の部屋だが内装の好みはあるかい」


「まとめて連絡させる」


 拾った魔術師やハイエルフも含め、城に居住予定の者には個室を与える。その部屋の内装は、個々の好みに合わせた方がよい。アガレスは忙しいだろうから、マルファスを捕まえるか。聞き回るだけならクリスティーヌでも良いが、まとめる作業があれば……無理か。


 配下の能力を正しく把握して管理するのは、上司の義務だ。今のクリスティーヌは無理をさせられない。情報処理で頭がいっぱいだ。甲高い声で歌うレーシーは、ククルと手を繋いで廊下から庭へ降りた。全員と面識があり、ある程度気配りができる者……ロゼマリアが適任だ。ようやく任せられる相手を見つけた。


「あの……俺らはどうしたらいいですか」


 見知らぬ場所に、5人は戸惑っていた。転移が初めてなら、バシレイアも名しか知らない土地だ。放り出されたら困るとばかりに、仕事を求めるダッタスとアルバスに、オレは問い返した。


「何が出来る」

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