266.優秀な手足が揃えば、頭は休める
会談後の食事はキャンセルとし、国王ダーウードに付き添った大臣と一緒に全員を船着き場に戻した。当初の報告が間違っていたとはいえ、犠牲者を出したのは痛かった。申し訳なさそうに嘆くレーシーをククルが宥め、アナトやバアルが連れ出す。
静かになった場で、アースティルティトが膝をついた。先ほどまでの外交用の口調をやめ、普段と同じきびきびした言葉遣いが戻る。
「我ら配下にお命じになり、休まれてはいかがか」
見慣れた黒髪の側近は、心配そうに見上げる。意地を張っても彼女には通用しない。素直に甘えることにし、最低限の指示を出した。
「ロゼマリア、オリヴィエラと共に炊き出しをせよ。キララウスの者に振舞う食料を惜しむな。アガレス……しばらく繋げ」
内政問題を任せると命じれば、アガレスは静かに頭を下げた。ロゼマリアは侍女のエマに指示を出し、炊き出しのための人員を手配し始める。船着き場までの運搬はオリヴィエラに任せれば問題なかった。
「外交とトラブルへの対処は私が」
頷くに留めるが、アースティルティトなら現場もすぐ掌握する。彼女の能力は高く、補佐として申し分なかった。前世界では魔王の代理権を持たせたほどの有能者だ。
「私は……?」
役目が言い渡されず不安になるリリアーナが、着飾った水色のドレスで鼻を啜る。何も出来ないと泣き出しそうな少女に背を向け、一言だけ発した。
「リリアーナ、来い」
目を輝かせて追いかけるドラゴンは、慌ただしく尻尾を左右に揺らしながら駆け出す。アースティルティトが「あらまあ」と微笑ましく見送るのを感じながら、後宮の殺風景な部屋に引き上げた。
さきほどから発熱と頭痛を自覚するオレは、不要な物を排除した部屋のベッドに横たわる。駆け寄ったリリアーナがマントの金具を外し、ブーツを緩めて抜いた。好きにさせて顔の上に腕を置く。目まぐるしい展開に、久しぶりに疲れが重く身体を押しつぶした。
腰の剣をベルトごと外したリリアーナが、そっと枕元に置く。いつも休む時にしている行動を丁寧になぞり、彼女は右側に横たわった。オレの手を引っ張り、自分の身体に巻き付ける。何も言わずに見ていると、そのまま乗り上げるようにして身体を密着させた。
「何をしている?」
熱のせいか、声を出すのが辛い。じっと見上げる金の瞳が瞬き、リリアーナは眉じりを下げた。不安そうに「具合悪い?」と尋ねる。肯定する気はない。弱みを見せる魔族は淘汰されるからだ。しかし嘘をつく気もなく、否定しなかった。
「熱がある。私は冷たいでしょ?」
ドラゴンは変温動物で体温が低い。自らそう告げると、ぺたりと頬を胸元に押し付けた。折角ロゼマリアが整えたのであろう金髪が崩れ、結った髪を留める飾りがシーツに落ちた。それを拾い上げた指先が怠く、そのまま目を閉じる。
ひんやりしたリリアーナの手が頬に触れたところで、意識が途絶えた。
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