267.何を揶揄しているか知らぬが、不快だ
「まさか、陛下が発熱とは」
「隠すのが本当に上手なのだ」
溜め息をついた声はアースティルティトか。枕もとで煩い。眉を寄せて、頭痛が止んでいることに気づいた。目を開けば、視界に金髪が飛び込む。しがみ付いたリリアーナの寝息が首筋に掛かり、起き上がろうとした手足から力が抜けた。
「お目覚めですか? 魔力の使い過ぎによる消耗と、疲労かと。随分無理をなさったご様子」
嫌味を混ぜながら告げるアースティルティトだが、消耗の原因が自分の蘇生にあることは理解している。ベッド脇に膝をついているのは、魔力を供給したのだろう。頭痛が緩和された理由に気づいた。どうやら魔力が多いアルシエルを部屋に入れたのも、同様の理由らしい。
「我が君、無粋を申しますが……娘は一応……その」
未婚の雌なのだ、と言いづらそうに濁すアルシエルに「わかっている」と返した。冷却材代わりに張りついたリリアーナが、きょとんとした顔で身を起こす。軽くなった己の腕を引き寄せ、姿勢を整えてベッドに座った。扉の外に控えていたアガレスが呼ばれ、報告を始める。
「ご報告申し上げます。昨日の会談後、炊き出しを3回行いました。キララウスの民に供給する備蓄の蓄えはあと半月ほど余裕があります。念のため、テッサリアから買い入れを行う予定です」
「任せる」
報告は重要だが、些末事はそれぞれの決裁権の中で処理すべき。王がすべてを判断して決める国は、いずれ崩壊する。持論に従い、アガレスやマルファスを含めた文官に権限を預けてあった。こういった状況できちんと動けるなら問題はない。
隣から差し出されたベルトをつけ、渡された剣を差す。その間にマントを肩にかけられ、金具を自分の手で留めた。身支度を整えながら、違和感に気づく。
誰が世話を焼いているのか。足を持ち上げるよう促され、従うと足元にしゃがみこんだリリアーナがブーツの金具を留めていた。先ほどから彼女が動いていたらしい。まるで侍女のようにこまごま動くリリアーナは、全部終わると満足そうににっこり笑った。
他人の着替えを手伝うのが嬉しいのか? 世話を焼かれる方の年齢だろう。そう口にしようとしたオレに、アースティルティトが首を横に振った。何も言うなと示す彼女に肩を竦め、最低限の言葉を吐く。
「ご苦労、リリアーナ」
「うん」
嬉しそうに笑う様子から、どうやら対処は間違っていなかったようだ。乱れた黒髪を風で整え、怠さの抜けた身体を動かして立ち上がった。
「そなたも髪を整えて来い」
ロゼマリアやオリヴィエラが手を貸すだろう。そう告げれば、シーツの上に置いた髪飾りを掴んで走っていく。よく見れば素足だが……まあ問題あるまい。見送ったオレの顔を食い入るように見つめ、アルシエルが「ご無礼を」と目を逸らした。
アースティルティトも複雑そうに「若いどころか幼い」と呟く。何を揶揄しているのか知らぬが、不快だ。そう言い放ち、オレは執務室へ足を向けた。
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