227.一人足りないのは承知している

 魔族の常識から言えば、人間が高位魔族と肩を並べるのは違和感がある。しかしこの世界の常識を打ち破ったのは、魔王サタンだ。その配下が同じ疑問を持つなんて……そう思ったら笑いが込み上げた。


「うふふ、そうね。私はローザがとても大切なの。一緒にいると気が安まるわ。あなたも同じよ。もし双子の子が無力になっても、あなたは隣にいるのではなくて?」


 見捨てない。その選択はすぐに浮かんだ。だからアナトも理解する。理屈ではないと――。


 目覚めてバアルの力が全て失せていても、確かに隣にいることを選ぶ。兄妹だからではなく、己の半身だからだ。自らの半分を切り捨てたら、生きていけない。


 グリフォンのオリヴィエラと、人間のロゼマリアも同じ。互いを必要として、欠けた部分を補っているのだろう。


「そういう絆っていい。好きだよ」


 アナトはそう呟いて、ようやく動くようになったバアルの指先をきゅっと握る。わずかに力を入れて握り返す兄を見守り、サタンが連れ出したククルを想う。彼女は姉のように構ってくれる、蘇生がちゃんと成功して欲しかった。


 何か言いたげなバアルに気づき、顔を近づけた。互いに右目は銀だから、オッドアイを写し合う。緑が反射するバアルの目と、青が映るアナトの目が交錯して、テレパシーに似た意思疎通が行われた。


 同じ顔、同じ髪色、同じ銀の右目。ここまで同じなのに、左目だけ色が違う。それこそが、彼女らが一族に捨てられた理由だった。特殊な神族であり、神格も低くなかった。それでも犯した罪が互いの瞳の色を染めたため、彼と彼女は魔物が棲む世界に捨てられたのだ。


「……アスタルテも?」


 見つめ合った後呟いたアナトは慌てた様子で顔を上げ、オリヴィエラに頼んだ。


「お願い! サタン様を呼んで! アスタルテも亜空間にいるの。収納から出さないと!!」


「その件なら知っている」


 音もなくオリヴィエラの背後を取った魔王に、アナトはほっとした顔で頷いた。彼が承知しているなら、何も悩まなくていい。今すぐじゃなくても、彼女も蘇生されて……前の世界と同じように一緒にいられる。


 疑いは一切なく、ただ安堵だけが広がった。バアルも安心したのか、疲れた目を休ませるように目蓋を伏せた。


「びっくりしましたわ」


 苦笑いするものの、攻撃されるわけではない。オリヴィエラは反射的に抱き寄せた際に乱したロゼマリアの髪を、手櫛で直しながら笑った。こんな実力者を敵にしようとした過去の自分を、本当に愚かだと嘲笑う響きを乗せて。


「収納空間は時間が止まる。対処が決まるまで待て」


 まるで彼女を蘇生することを悩んでいるような口ぶりだ。片腕であり、誰より信頼できる相棒をすぐ蘇らせない決断をしたことに、アナトは反論しなかった。


「わかったわ」


 素直に頷く後ろから、先ほど一緒に出て行ったリリアーナが顔を覗かせる。


「あっちの子、ベッドから降りようと暴れてる。リスティが噛んじゃった」


 暴れたククルの血の気の多さに困惑し、ひとまず大人しくさせようとしたのだ。多少方法に問題はあるが、クリスティーヌとリリアーナを見張に残した選択が失敗だと言えた。


「それでいい」


 魔力が不足し、流れが乱れた状態で動かすのは危険だ。血を抜けばしばらく寝ているだろう。彼女らの決断を褒めて、戻るよう促した。

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