226.異なる世界を知る手がかりを

「レーシー、ありがとうね」


 礼を言って白い髪で隠された顔を覗き込む。以前は嫌がって顔を隠したが、最近は慣れたらしい。小さな声で柔らかな旋律を口遊くちずさむものの、穏やかな表情で触れる手を許した。白い髪をのけると、人形のような顔が見える。あまり表情は動かないが、整っていた。


「あなたの群れはどこなの?」


 レーシーは同族の雌と群れを作る。複数の雌を統括する雄が死ねば、彼女らは新たな雄を探す習性があった。ライオンの群れと同じだ。ハーレムを作る種族は魔族にも数多く存在し、レーシーは群れからはぐれたら生きていけない弱い生き物だった。


 リリアーナのいた位置を指さし、自分を示す。それから追いかけていったクリスティーヌの立った場所を示し、アナトやまだ部屋にいるロゼマリアとオリヴィエラも指で追った。最後にまた自分を示してから抱きしめる仕草をする。


 レーシーは歌以外の言葉は滅多に使わない。手話に似た身振り手振りで同族間のコミュニケーションを図るのが常だった。どうやらこの城にいる女性達が群れの仲間で、サタンが群れの頂点だと言いたいらしい。


「うん、わかった。仲間だね」


 アナトが素直に受け入れると、それは嬉しそうに目元が緩んだ。頷くと美しい声で歌い始める。子守歌のような響きが室内を満たし、ロゼマリアはうっとりと聞き惚れた。


「すごく綺麗な声」


「ローザ、魅入られるわよ? レーシーはそういう種族なの」


 笑いながら注意するロゼマリアの足元に蹲るヘルハウンドに気づき、アナトが目を輝かせた。人間に従う魔物は珍しい上、彼女がバアルと一緒に飼っていた愛玩動物もヘルハウンドだ。色が灰色系のケルベロスに似ているが、双頭で尻尾が蛇の犬ならばヘルハウンドに分類できるだろう。


「ヘルハウンド? 可愛い」


「ええ、リリー様に頂いた護衛なの。ヴァラクとヴァセゴと名付けました」


 きょとんとした顔をしてから、アナトは眠るバアルの青髪を弄りつつ首をかしげた。


「1匹なのに、2つ名前を付けるの?」


「……ヴィラと同じことを指摘なさるのね」


 目を見開いた後、くすくす笑うロゼマリアは頷いた。これだけの魔族に囲まれて平然とする人間は知らない。微笑まし気にロゼマリアを見守るオリヴィエラに視線を向けた。


 どこからどうみても、人間そっくりに化けた魔族だ。魔力量からして高位に分類される種族だろう。誇り高い魔族が、何ら特殊な技能を持たない人間を見守っている? 異常な光景に息をのみ、アナトは困惑する。


 この世界はまさに「異世界」と表現する状況ばかりだ。前の世界と異なるのは承知しているが、ここまで違うと思わなかった。


「自己紹介しましょうね。私は人間でロゼマリアと申します。このバシレイアという国の元王女です」


 困惑したアナトの表情を、状況が理解できないと判断したロゼマリアが口火を切る。視線で促され、オリヴィエラが一歩進み出た。


「グリフォンのオリヴィエラよ。サタン様の配下として契約したわ」


「グリフォンほどの強者がなぜ、人間といるの?」


 口をついた素直な疑問に、ロゼマリアとオリヴィエラは顔を見合わせ吹き出した。

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