225.解けた緊張の糸がたなびく先
見覚えのあるペンダントは、琥珀色の石だった。中に母を閉じ込めてある、そんな話をしていたが……意味をきちんと確認したことはない。ククルの命がかかる場面で砕けたことで、彼女の話は本当だったのかもしれないと目を細めた。
散らばった破片を探すように指先が追い、ククルの目蓋が揺れる。細く長い息を吐き出し、先に目覚めたのは――彼女の方だった。
見開いた赤い瞳が周囲を探るように動き、オレを見つけて止まる。こぼれ落ちそうな大きな目が一瞬で潤んだ。炎の申し子と言われるほど、苛烈な性格と能力を持つ少女は身を起こそうとして、手足を動かす。
仮死状態から蘇ったばかりの身体は思うように動かず、苛立った様子で見上げた。わななく唇は声を出せず、「うー」と感情を漏らす。出会ったばかりの頃を思い出し、懐かしくなった。
「まだ動くな」
こくんと頷いた素直なククルの頬を、涙が一筋落ちた。感動の瞬間を破るように、アナトが大声を上げる。
「バアル! バアル!!」
己の半身が目覚めたことに頬を赤らめ、抱きついて頬擦りする。隣で起きた騒動に、ククルの感動が薄れた。それどころか騒ぐ友人にむっとした顔を作る。
自分も心配して欲しいのだ。ドラゴンを片手で叩き潰すくせに、寂しがり屋で一人で眠るのが怖い子供……何も変わっていないことに肩から力が抜けた。
安堵した途端に、魔力を大量消費した身体が疲労を訴える。崩れ落ちそうな膝を気持ちだけで支えた。王たる者、配下の前で膝を着いてはならぬ。教えられた内容が過ぎった。
「アナ、ト……」
バアルの掠れた声が響く。少年でありながら、魂をアナトと分かち合う彼は回復に必要な魔力を、アナトから受け取ったのだろう。
先に目覚めたククルより早く身を起こした。まだ手足は強張っているが、血がめぐれば解消される。目を合わせ、泣きそうな顔で双子の妹の手を握った。手に力が入らないため、添えるだけの形だ。
「良かっ、た……あ、」
何か問いたげなバアルに首を横に振る。彼の懸念は分かっていた。だが今は無理だ。
「後だ」
最低限の言葉を吐き、ふと気づく。こちらに来てから、今までより言葉を駆使していたことに。誤解を恐れるような性格ではない。単に伝わらなくて苛立ったのだ。しかしククルを含め、この3人に余計な言葉は必要なかった。
数万年の付き合いがあれば、自分自身より理解できている。戦いの呼吸はもちろん、日常の些細な言動に至るまで。間にかわす言葉が飾りのようになるほど、一緒に過ごしてきた。
「休め。それからだ」
頷いたアナトに、レーシーが嬉しそうに擦り寄る。まだベッドから降りるほど回復しないアナトを手招きし、レーシーは甲斐甲斐しく彼女に毛布をかけた。少し眺めた後、バアルも引き寄せて、隣に寝かせる。
どうやらアナトにとって重要な存在だと認識したらしい。レーシー自身にとって、大切なのはアナトだけのようだ。双子神は魔力も知識も共有し、外見もそっくりだった。何をもって区別されるのか。
ククルも一緒に寝かせる予定だったが、部屋を分けたほうが良さそうだ。少なくともレーシーは面倒を見る気がなさそうだった。彼女を抱き上げようとすれば、駆け寄ったリリアーナが横から手を出した。
「だめ、私がやる」
言い切ったドラゴンに任せると頷けば、信頼されたと頬を緩める。尻尾を揺らしながらバランスを取り、リリアーナの褐色の腕が伸ばされた。大人しく身を任せるククルは、疲れからか目を閉じる。少し離れた部屋に移動する間、リリアーナは鼻歌を小さく響かせた。
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