228.大樹、倒れる時を知る
送り込んだ王女カリーナは使い物にならず、それどころか宣戦布告をしたため国を窮地に追い込んだ。国王が狂い、王太子を殺す。カリーナを返しにグリフォンが送り込まれ、その後攻めさせた三万もの兵が消えた。悪夢が続くビフレストの王弟は頭を抱える。
バシレイアに魔王が召喚されてから、ろくなことはない。何をしても裏目にでて、すべての策が愚かにも自国を傷つけた。
魔王自らドラゴンを連れて来訪した際は、さらに状況が悪化した。民は怯えて、王都から逃げる者も出る始末だ。三万五千の軍が絶滅した時点で繰り上げた新しい将軍も、魔王に一蹴された。
やたらと顔の整った男だが、細身の身体のどこに隠していたのか。剣の腕は一流以上だった。この大国ビフレストで将軍まで登り詰めた者が、一蹴される。悪夢以外に表現のしようがない。
大国の体面をかなぐり捨て、イザヴェルと軍事同盟を結んだ。軍を立て直して兵を送るが、イザヴェルはユーダリルとも同盟を結ぶ。両国を天秤にかけたのだ。強い国と組んで、弱い国を食い潰すために。
ユーダリルのような小国と天秤にかけられた屈辱は、あの澄まし顔の魔王を血塗れにしても足りない。そう思い、徴兵してまで軍を送り込んだ。
その結果は、まさかの全滅だ。ユーダリルと組んだイザヴェルが送り込んだ兵も、ほぼすべて消えた。テッサリアとビフレストが同盟に踏み切った経緯のひとつに、食糧難が考えられた。あの魔王の戦力なら、他国の援助は必要ない。ならば先に食料を奪おうと襲いかかった。
策略として間違っていない。なのに追い込まれた現状は、なぜだ?
炎上する城の中で、ビフレスト国の王弟は膝をついた。兄王の何がいけなかったのか。大国が小国を攻め占領するのは、過去にも正当化された当たり前のこと。小国は庇護下にはいり、代わりに献上品として美しい娘や食料を供給する。他国の脅威から小国を守る武力があれば、どんな無理難題も許された。
車輪のように、疑問を持つことなく世界は回っていたのだ。
めらめらと燃える炎が、美しいカーテンを溶かす。その先に見える庭は、人の血と怒号で満ちていた。薔薇は踏み倒され、お茶を飲んだ東屋は倒される。まだ蕾の花が倒され、踏みにじられた。
決起した民が雪崩れ込んだ王宮内に、王族を守る兵も騎士もいない。間も無く彼らはこの玉座の間にたどり着き、俺を殺すのだろう。
ただ死ぬつもりはない。周辺に突き立てた大量の剣が、光を弾いた。隔てるカーテンが燃えた部屋で、火は絨毯に燃え移ろうとしている。
もう助からないのは分かっていた。逃げ場もない。王族が使う緊急用の脱出口は、すでに家族を逃して封鎖している。後を追えないよう、魔術師に入り口を溶かすよう命じた。
「王を見つけたぞ」
「「殺せ」」
聞こえる怒号に混じり、兄の悲鳴が響いた。最後は狂って我が子を手にかけたが、それでも優しい兄だった。目を伏せて追悼し、深呼吸して前を向く。
もう何も残っていない。この場にある剣をすべて使い、民を倒したら兄王の後を追おう。そう覚悟を決めた男の胸を、窓の外から射られた矢が貫いた。
「ぐっ」
口元を押さえる手が赤く染まり、灼熱の痛みが王弟を襲った。膝を着かないよう堪える彼の背に、剣が突き立てられる。串刺しに床へ叩きつけられた身体を、怒りの形相で何人もの国民が踏みつけ、剣を突き刺し、罵った。
燃え上がる王宮の炎と煙が、千数百年続いた大国の歴史に幕を下ろす。逃げ延びたとされる王弟の娘と妻のその後を知る者は、この国にはいなかった。
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