215.生きるも死ぬも大差ない
後ろへ一歩下がれば避けるのは簡単だ。しかしこの程度の相手に下がることは、魔王の矜恃が許さなかった。結界を張って弾く行為も悪手だ。再び回転を加えて踏み出されるのが目に見えている。
数十手先を読み、右手の剣を縦に構えた。鞘から抜く時間はない。柄を握る指で鍔を押さえた。同時に少しだけ剣の位置を前に押し出す。
がきんっ! 激しい金属音がして、男が渾身の力で振るった刃が鞘に当たった。身体強化など不要だ。相手は人間で、その相手をするに魔力を使わぬと決めていた。
誰かに宣言したわけではないが、己に課した制限を外すなら負けと同じ。ぎりっと刃が擦れる音が響いた。受け止めて回転を停止させるのが最適解で、この男の心を折る。
周囲がしんと静まり返った。
鞘で防ぎ切った攻撃を、傾けることで力点をずらす。力がぶつかり合う点が外されると、己のこめた力で男の剣は地面に突き刺さった。その深さで、彼が全身の力を剣にのせた事実がわかる。
ちり程も傷がない鞘を左手で掴み、すらりと抜き放った。これほどの体術と剣技を持つ男なら、錆にしても剣の恥にはならぬ。そう判断させた男の喉へ、剣先を突きつけた。
「見事。道を選ぶか?」
生き残り従うか、このまま死ぬか。男がどう判断するのか興味があった。これほどの技術を積む男の忠義を確かめるための、答えを知る問いかけだ。
「殺せ」
口元を緩め、男の喉を切り裂いた。吹き出す血に赤く大地を染めながら、部下の赤と混じり合う将が倒れる。わっと騒いだ兵士が槍の穂先を向けた。
「手を出しちゃダメ?」
尖った槍の先を見つめながら、リリアーナが可愛らしく首をかしげる。少し分けて欲しい。大人しく待っていたのだと示す彼女は、無邪気に希望を口にした。
首を横に振りかけ、途中で彼女に条件を出す。
「分けてやっても良いが、竜化を禁じる」
その条件を守れるなら好きにすればいい。そう告げるオレにきょとんとした後、リリアーナは満面の笑みで頷いた。竜化の対象を限定しなかったのは、彼女の判断を確認するためだ。
命令に対する従順度も気になる。にっこり笑ったリリアーナは、後ろから近づいた男が突きつけた槍を掴み、無造作に引っ張った。奪った槍を使い、数人を倒してから剣を拾い上げる。
「こっちのが使いやすい」
自らの爪を武器とするが故に、槍は長さの感覚が掴みづらいのだろう。剣を器用に使い、突き刺し叩き切る。人化した彼女のドラゴンの片鱗だが、竜化せず使える能力だった。重い剣を片手で軽々と扱い、己の爪のように敵を切り裂く。
歓声を上げた彼女は、興奮を抑えきれずに周囲の敵を薙ぎ払う。その動きは俊敏で、人間より遥かに速かった。
彼女の動きを視界に収めながら、切りかかってくる兵士を無造作に貫く。血抜き用の溝を伝う赤がぽたりと足元に水溜りを作った。その血水を踏み締め、片っ端から切り捨てる。
返り血を浴びぬよう剣を振るうが、それでも手元が滑った。リリアーナが大きな声を上げる。
「大変、逃げてる」
どうしようと狼狽る彼女の様子に、どこまでも命令を守った上で動こうとする意思を感じ、久しぶりに声を上げて笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます