216.贄を沈めて大地を鎮める

 逃げる兵士を囲う形で大地を割る。魔法陣を行使するまでもない、魔法による作業だった。地響きの音はすれど、外側に振動が伝わらぬように操作した地面が大きく口を開ける。


「飛んでもいい?」


 竜化した翼を出さねば、リリアーナはバランスが取れない。人の姿でそのまま飛ぶには技術が追い付かないのだ。落ちてもケガひとつしないドラゴンだが、折角の服が汚れてしまう。もしかしたら破けるかもしれない。彼女の懸念は表情にありありと浮かんでいた。


「来い」


 差し伸べた手を取った少女を引き寄せた足元が崩れていく。魔力による浮遊は、足元に透明の板を置いたような光景をもたらした。がらがらと崩れる地面を覗き込み、引きずり込まれる兵士が手を伸ばす。届く少し手前で足元が消え、死体の血が染みついた大地に飲み込まれた。


 荒れ地を潤すなら、地脈を呼ぶ生贄が必要だ。攻め込んだ兵士の命は有効利用し、我が国の利益としなければならない。無駄に散らす必要はなかった。


 大きな陥没穴を作った荒れ地を眺め、近くに流れる川の支流を繋ぐ。オアシスを作る計画はあった。増えた人口を荒れ地の開拓に使う予定だが、その際に水は生存に必要なライフラインだ。支流から引いた水がこの穴で湖となり、人々を潤すだろう。あふれる水は反対側から支流へ戻した。


 水が流れ込んだ茶色い足元を眺めるリリアーナが「帰ろう」と呟く。機嫌が上向いたリリアーナは突然右側を振り向き、遥か彼方の氷柱を指さした。


「あれ!」


「オリヴィエラか」


 以前より魔力の使い方が上達している。ここまで見えるほど立派な氷を打ち立てるには、彼女の魔力は足りない。練って高める方法を身に着けたオリヴィエラの成長に気づき、表情を和らげた。部下を一から作ることを覚悟したが、ウラノスのお陰でかなり時間の短縮が出来た。


 その上、かつての部下が駆け付けてくる。計画の中止はまだ彼女らに伝わっていなかったらしい。さきほど戦いの最中、指先に触れた柔らかな感触を思い浮かべた。早く帰る必要があるか。


 血塗れの剣を一振りし、鞘に戻す。リリアーナはさっさと武器を捨てていた。そもそも拾った剣は彼女の自前ではない。必要なくなれば簡単に切り捨てる、彼女の潔さは好ましかった。


「リスティが待ってる」


 耳を澄ますリリアーナに頷けば、するりと腕を外した彼女が水の中に飛び込んだ。直後にドラゴンが出現する。血を洗い流した黒銀の鱗を輝かせ、水を纏った彼女の背に乗った。ふわりと浮かぶ魔力操作の上達を感じながら、彼女の首筋を軽く叩く。


 加速したリリアーナの軌跡が振り払われる水滴により光った。途中で大きな魔力の接近に振り向けば、黒銀のドラゴンが並ぶ。リリアーナより大きな身体で、少し先を飛ぶ黒竜王は風よけを買って出たらしい。リリアーナは振り払う様子なく、真っすぐに城を目指した。


「お帰りなさいませ、魔王陛下。リリアーナ様」


 アガレスの出迎えを受けた2匹はすぐに人化する。慣れた様子で軍服姿を披露する黒竜王を睨みながら、リリアーナはもそもそとピンクのワンピースに袖を通した。まだ人化と同時の着替えは難しいようだ。先ほどの水色のスカート姿も似合っていたが、見慣れたワンピース姿は落ち着く。


 駆け寄ったクリスティーヌが「おかえり」と抱き着いた。黒髪を撫でて姉のように振舞うリリアーナが「ただいま」と返す。この城が彼女らの居場所と認識された証拠だろう。


「リリアーナ、結論は出たか?」


 問われた意味に気づいたリリアーナは背の高い黒竜王を見上げ、ゆっくり頷いた。

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