214.集る害虫を気遣う馬鹿はあるまい
「サタン様」
降りるの? そう尋ねるリリアーナはドラゴン姿ではない。幼さの残る少女に頷けば、彼女はにっこり笑った。当然のようについてくるつもりだろう。
「私も行く」
命じられれば従うが、許可して欲しい。見上げるリリアーナの願いに、オレは頷いて許可を出す。ドラゴンである彼女にとって危険な存在は、この場でオレだけだった。ならば彼女の好きにさせればいい。
「手出しは禁じる」
これだけは命じておかなければならない。直情的なリリアーナは、考えるより早く攻撃する可能性があるからだ。了承したリリアーナの手が、水色のスカートを強く掴んだ。
珍しくワンピース姿ではない。青い線が入った白いシャツに、水色の柔らかそうなフレアスカートだった。竜化した後は頭から被れるワンピースが多いが、今日は誰かに着替えを手伝ってもらったらしい。金髪にもリボンが絡められ、可愛く纏められていた。
「その姿は戦場に向かぬな」
一言のこし、風をはらむマントを揺らして人々の中央に降りた。邪魔になる兵を数十人ほど風で切り裂く。円形にあいた赤い大地を踏み締めると、馬に乗った将がひらりと降りた。右腕の剣先を向け、唸るように声を絞り出す。
「なぜ、我が兵を殺した?」
「逆に問おう。オレを呼びつけたのはお前であろう? 降りるに邪魔な羽虫を追い払っただけのこと」
咎められる所以はない。突きつけた事実に、騎士はぎりりと歯を鳴らした。怒鳴り散らしたい気持ちを抑える男をよそに、感情を逆撫でするリリアーナがオレの後ろに舞い降りる。
「戦場に女連れか!」
責める言葉に眉をひそめ、戦いを挑んだくせに何を喚くのかと溜め息を吐いた。
「戦場? こんなちっぽけな虫が、本気でサタン様と戦う気なの?」
驚いたと呟くリリアーナの声は、子供特有の甲高い響きで周囲に届く。ざわついた連中の心境は2つ。強気な言葉を吐く少女が強者である可能性に怯え、同時に馬鹿な子供だと侮る響きが混在した。
「言葉を重ねても仕方あるまい」
戦うために来たのなら、力で己の主張を通せ。下らぬ言葉を弄して動揺を誘おうなど、下策に過ぎると言い放った。
収納の亜空間から愛用の剣を取り出すために右手を入れ、指先に触れた柔らかな感触に舌打ちする。気が逸れたその一瞬を狙う男は、騎士の誓いに反する行為で先制攻撃を仕掛けた。互いに名乗りあって切り結ぶ騎士として失格だ。だが戦場で数多の敵を倒す英雄なら上出来だった。
「っ」
収納から引き出した剣の鞘で、男の一撃を弾いた。渾身の一撃を躱され、焦りの色が浮かんだ騎士の表情は硬い。歯を食いしばり、弾かれても離さなかった剣を強く握った。上に弾かれて無防備になった胴を守らず、そのまま右足を踏み出して身体を回転させる。
捨て身の攻撃は旋回する勢いを足して、足元から跳ね上げるようにサタンの首を狙った。首の皮を掠める勢いの剣先に、さらに踏み出したバネを利用して距離を縮める。この男の驚異的な身体能力が為せる必殺の太刀筋だった。
リリアーナは口元を笑みに緩めたまま、サタンの足捌きや剣の動きを見つめる。その表情に窺えるのは「負けるはずがない」という圧倒的な信頼だった。
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