213.毒の礼もせねばならぬな
風がマントの裾を攫う。足元に広がるのは、砂糖に群がる蟻のごとき小さな生き物だ。予想通り過ぎて、オレは呆れた。
なんらかの作戦を考えたのやも知れぬが、あまりに単純すぎる。大量の兵を揃えて攻める――この世界で人間同士なら通用したかも知れない。かつてのバシレイア国なら、慌てて降参しただろう。
バシレイアは魔王の支配に下ったと知る彼らは、愚かにも人間相手と同じ作戦と同じ兵力で戦いを仕掛けたのだ。金銀財宝をかき集めるしか能がない愚王に対する策で、最強の魔王を落とせると思うなら救いようのない道化だった。
ビフレストに大した余力はない。ユーダリルはイザヴェルと組んで、テッサリアを攻めたはずだ。国を潤す食糧や金をもつ国を狙うのは、間違いない。すでに戦局の行方は決した。いや、最初から結果は見えているのだ。
上級魔族であるドラゴン1匹で滅びる国が、我が配下を前に勝てる要因はない。馬鹿の一つ覚えで兵を集めて攻め込む無能は、せいぜい毒を盛るくらいの知恵しかなかった。3国のいずれかがお茶に毒を盛ったのは確実だ。
「毒の礼もせねばならぬな」
にやりと口元を歪めて笑みを作った。高揚する気分につられ、魔力が漏れ出す。ふわりとマントをはためかせる魔力を抑えず、そのまま解き放った。
「っ、凄い」
気圧されたリリアーナだが、すぐに自らの周囲に障壁を張った。完全な防御は無理でも、判断は悪くない。背に黒い翼を呼び出し、久しぶりに開放した魔力を纏って浮いた。考える必要なく、呼吸するより簡単に魔力を扱う。
数歩後ろのリリアーナごと転移魔法で確定し、彼らの上空へ移動した。見える距離ならばさほど魔力は消費されない。少数精鋭で揃えたのか、囮とした別の部隊に兵力を割きすぎたのか。領土を侵犯した兵の数は少なかった。
「少ないね」
リリアーナも同じように感じたらしく、周囲を見回して警戒する。伏兵がいる可能性を考慮するのは、ウラノスの戦略講義のおかげか。あっという間に成長し、驚くほど賢くなった少女を手招きした。
「特等席で見せてやる」
しっかり学べ。言葉にしない部分を理解し、リリアーナは嬉しそうに頷いた。長い金髪をリボンに絡めてひとつに結んだ彼女は、自ら数歩下がる。
ドラゴンの羽を背に出した褐色肌の少女は、両手を胸の前で組んだ。勝利を祈る姿に似ているが、おそらく手出しを控える意思表示だ。
「上空から攻撃など卑怯だぞ」
叫んだ将らしき騎士に、くつりと喉を鳴らして笑った。手のとどく範囲に誘い出そうと考えたのなら、なるほど立派な作戦だ。ドラゴンもグリフォンも上空から魔法でなぎ払う方法が多く、地上に引きずり下ろせば槍や矢も届くと考えたのだろう。
騎士であれば、剣で戦う方法もある。しかしすでに一度失敗した策であることを、彼らは知らない。圧倒的すぎる戦力差を覆すには、魔力をすべて封じてもハンデにもならない事実を知れば、服従と絶望のどちらを選ぶか。
「よかろう、その安い挑発を受けてやる」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます