206.殲滅にも方法と目的がある

 リリアーナは生まれながらに、ドラゴンという強者だった。親や群れから逸れても、持っている力は大きい。それゆえに孤独を深め、しかし生き残ってこられた。


 力を持たない弱者の立場を、彼女は経験していないのだ。見落としたのではなく、知らないから作戦の選択肢にならなかった。


「この国が無防備になったと考えたら、人間はどうやって攻め込む?」


「人間は弱いから、大勢で囲む」


 観察眼は悪くないし、頭も使える。リリアーナに足りないのは知識と、応用するための経験だった。経験も生きた年数も違う彼女が、2万年を世界の制圧に費やしたオレに近づくには、経験とシミュレーションを繰り返すしかない。


「この国は城塞都市の作りと同じだ。門を閉ざして立て籠れば、数ヶ月は生きながらえることが出来る」


「数ヶ月もいらない。私が殲滅すればいい」


 自分が盾として槍として外に立つ。そう告げるリリアーナは、やはり考え方が真っ直ぐだった。それならばそれでいい。


 毒の盛られたお茶のセットを叩き割り、立ち上がった。大量の知識を一度に詰め込んでも消化できないだろう。彼女が飲み込み、新たな知恵を欲するまで時間を置くのが正しい対応だ。


「アナトの様子を見にいく」


「私も」


 クリスティーヌの手を引き、リリアーナは空いた手でオレのマントの端を握った。踵の高いサンダルで、少し歩きづらそうにしながら廊下をついてくる。ゆらゆらと左右に揺れる尻尾が、びたんと床を叩いた。


「サタン様、勉強していつか追いつくから」


 口惜しそうなリリアーナの口調に、苦笑いが浮かんだ。そうか、気づけるまで成長したか。アナト達を上回る成長速度を見せるドラゴンの、尖らせた唇が心情を語る。


 オレが最後まで結論を言わなかったことに、彼女は気づいてしまった。そこまでオレを理解したことに、頬が緩む。孤独を嫌うくせに孤独だった子供は、どこまでも貪欲に理解者を求める――その対象にオレが選ばれたらしい。


「ならば話だけ聞け」


 理解する必要はなかった。聞いた内容をただ覚えるだけで良い。いつかオレの考えた裏側が見抜けるようになるまで、聞いた事実は邪魔をしないだろう。


「バシレイアを囲む兵を放置すれば、必ず数日で動き出す。ドラゴンとグリフォンが戻る前にケリをつけようとする。奴らが動き出す限界まで待ち、圧倒的な戦力で叩き潰す」


 リリアーナに殲滅させるのではなく、オレ自身が出向く予定だった。2匹目のドラゴンを飾りのように見える場所に配置し、見た目は人間に似たオレが蹂躙する。その方が人間に与える衝撃は大きくなるのだから。


 内側に潜入した虫をウラノスとクリスティーヌに炙り出させるためにも、出来るだけ残酷に派手に殺す必要があった。


 聖国と呼ばれるこの土地に、大した資源はない。豊かな農作物も望めなかった。ならばここを「中核都市」として位置付ける。この土地が作物を作る場所になる必要はなく、人を集めて産業を発展させればいい。商業の中心地として栄えさせるのが目的で構わなかった。


 グリュポスから回収した賠償金と、ビフレストやイザヴェルに支払わせる戦争賠償は、バシレイアの国庫を潤す。そこにユーダリルが加わったところで、プラスに働くだけだ。


 世界のすべてを支配し、救えると思うほど……オレは愚かではなかった。

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