205.仕掛けるなら確実に仕留めろ

 リリアーナも紅茶を口元に運ぶ。しかし口にせず、くんくんと匂いを確かめ始めた。首をかしげて一口飲み、吐き出そうとしてこちらの顔色を窺う。


 黙って見守ると、さすがに吐き出すのはマナー違反だと考えたらしい。諦めた様子でそのまま飲んだ。ドラゴンに毒は効かないが、好んで飲むものでもない。


 隣のクリスティーヌは匂って、そっとカップを戻した。この辺の対応は、毒に弱い吸血種らしい本能による行動だ。少しでも危険だと思ったら身体に入れない。一番賢いやり方だった。


「この毒、飲んだことないやつ」


 リリアーナが首をかしげた。野生の動植物や魔物が持つ毒ではないらしい。同じくドラゴンの血を持つオレの身も、毒に強い耐性がある。


 普段から毒に強い耐性をもつからこそ、無防備にリリアーナは飲食物を口に入れる。飲んだ後に残る独特の苦味に顔をしかめ、リリアーナはお菓子を口に入れた。赤いジャムの乗った甘い焼き菓子を齧りながら、徐々に眉が寄っていく。


「こっちも毒」


 むっとした口調でぼやき、毒入りの紅茶の残りで喉の奥へ流した。先ほどの侍女が持ってきた飲食物は、すべて毒いりと判断してよいだろう。


 クリスティーヌはぼんやりと空中を眺めた後、我に返った様子で口を開いた。


「さっきの侍女は城の外へ、出ていくよ」


「構わん。処分しろ」


「うん」


 クリスティーヌが頷く。部屋に入ってきた時から、侍女に監視のネズミがついていた。そのネズミからの報告を受けた吸血鬼へ指示を出す。敵を探る必要はない。毒を使って他者を害そうと考えるあたり、人間の仕業で間違いなかった。


 犯人が人間なら、放った刺客と連絡が取れなくなれば動く。動いた国を叩けばいいのだから、追いかけて相手を特定する必要はなかった。


 テッサリアを含めても残る国は4つ――どれを滅ぼしても実害はない。だが、テッサリアは残したいものだ。増えた難民を食わせる穀物を、テッサリアから得る予定でいた。もちろん彼らが敵ならば滅ぼし、奪う手もある。


 肘をついて、変色し始めたカップを眺めた。暗殺や毒殺を仕掛けるなら、確実に息の根を止める手法を選ぶ必要がある。失敗したツケを払いたくなければ、それは最低条件だった。


「サタン様、ジンが片付けた」


 クリスティーヌが初めて眷属にした吸血蝙蝠だ。巨大な彼に襲われたなら、人間の小娘などひとたまりもない。死体はネズミが片付けるとクリスティーヌは胸を張った。


「よくやった」


 褒めたオレの膝に手をのせたリリアーナが、下から覗き込むようにして目を合わせる。何があるのかと動かずに待てば、彼女は予想外の発言をした。


「さっきの答え、合ってた? どこか違う?」


 以前なら褒められた時点で満足して終わったリリアーナの成長に、口元を緩める。尻尾を左右に振りながらも、器用にテーブルを避ける彼女の金髪を撫でて、褐色の頬に手を滑らせた。


「よかろう、答え合わせをしてやる」


 さきほどの彼女達の答えはおおよそ合っている。そう前置きした後で、いくつか付け加えた。


「黒竜王が合流したことを、ほとんどの者がまだ知らぬ。さきほどリリアーナが言った通り、人間は魔族の区別がつきづらい。バシレイアの戦力として、我が力はほとんど示してこなかった。ならば、ドラゴンとグリフォンが消えれば」


「攻めてくる?」


 リリアーナは止めた言葉の次を読んで、口を開いた。 

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