207.支配し保護する選択権は、強者にある
生かさず殺さず、奴らを属国として支配すれば、同盟国テッサリアと我がバシレイアは豊かさを享受できる――世界を手に入れる最も早い手段だ。この世界に強者はほぼ感じられない。ならば圧倒的な魔力で蹂躙し、手っ取り早く支配する。
すべての国を生かす方法はない。人間は利己的で、どうしたって他種族や人種による差別を行う。それを責めたところで反省するより反発するだけだった。
同一民族国家で世界を制圧し、その後他種族との融和を図るのが近道だ。強者の立場であれば、どのような無理も押し通せることをオレは体験していた。全員を救おうなど、偽善者の考えることだ。それはそれで悪くないだろう。民を先導する謳い文句程度の価値はあった。
現実問題として、自分が他者を差別しない確証がないのに……どうして他者にそれを強要できるのか。人は誰しも変化する。望むと望まざるとに関わらず訪れる変化が、好ましいものとは限らなかった。
「叩きのめした、その後も大変そう」
ぼそっと呟いたリリアーナの鋭い感覚に目を細め、オレはアナトの部屋の扉を開いた。レーシーが細く甲高い声で歌いながら、ベッド脇でアナトの額に手を当てる。聖母のような姿に、無言で近づいた。
「国を亡ぼすには、頭を叩けばいい。だが……散った民は厄介な置き土産だ」
「なんとなくわかる」
クリスティーヌも頷いた。リリアーナが思い浮かべたのは、かつて手を出したキラービーの巣だ。蜂蜜が甘くて美味しい種族だが、凶暴で巣が見える距離に近づくと攻撃してくる。毒針は鋭く、人間なら触れるだけで肌から染み込むほど性質の悪い毒をもつ種族だった。
集団で襲い掛かり、敵を肉団子のように丸めて捕獲する。ドラゴンである己を過信し、大人の人間ほどもある大きな蜂を襲った。ドラゴンの鱗の隙間へ針を滑り込ませる蜂を叩き落し、数時間にわたる乱闘の末……リリアーナは蜂蜜を断念したのだ。
数の恐怖を初めて体験した瞬間だった。叩いても叩いても現れる蜂、足元の同族の死体に怯えず見向きもせず攻撃を仕掛けてくる。あの集られる恐怖に眉をひそめたリリアーナは呟いた。
「細かいのは叩いても叩いても、分かれてまた襲ってくる」
リリアーナの金髪を撫でた。彼女なりに実体験と照らし合わせて理解したのだろう。国という塊を叩くのは簡単だった。頭を叩き潰し、服従させればいい。しかし群れの中は一体ではない。勝手に分散してこちらの群れに入り込もうとするのだ。
内側に入り込んだ異物を検出するのは骨が折れる。ましてや恨みを持つ異分子は、いずれ群れを崩壊させる原因になりかねなかった。だから内側に入り込まれないよう、徹底的に駆除する必要がある。
「害虫を駆除する間、お前に城を任せる」
その言葉を信頼と受け取ったリリアーナは、嬉しそうに頷いた。表情より如実に感情を示す尻尾が、大きく左右に揺られる。
「任せて。絶対に、この子達も守るから」
うっすらと目をあけたアナトの頬を撫で、彼女の様子を確認する。薄くなった魔力を補うために、少しだけ魔力を流した。再び目を閉じて眠る彼女の様子に、他の眷属を呼ぶことを迷う。同じ状態になるなら、仮死状態での転移を中断させるべきだ。
その決意を伝える前に、すでにアースティルティトは動いていた。
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