191.まずは成果を見せてもらおうか
匂いを確かめるように、鼻をひくつかせたクリスティーヌが眉をひそめる。毒を感じ取ったものの、彼女は不安を口にしなかった。
同じようにリリアーナも一瞬顔を顰めたが、すぐに何もなかったように尻尾を床に叩きつけた。庭に敷かれたレンガにヒビが入る。
「うわぁあああ!!」
仮にも将軍を名乗る男の技量ではなかった。恐怖を振り切って、必死に短剣を向ける。大声で己を鼓舞した男の突きを、魔法を使わずに受け止めた。
結界は必要ない。避ける理由もない。命がけで向かってくる心意気を正面から受け止める。それが毒の刃であっても、逃げる気はなかった。
「死ねっ」
敵という生き物は、どうして同じ言葉を吐くのか。数え切れないほど向けられた単語は、常に跳ね除けられてきた。オレが生きていることが証明だ。
錆び色の刃を手のひらで受け止める。竜化や硬化もせず、素手で刃を掴んだ。引いても押しても動かない状況に焦った男が、腰から別のナイフを抜こうとする。
にやりと口元を歪め、将軍が離した毒の刃を空に弾いた。刃を下にして落ちてくる短剣を指先で挟んで受け、そのまま男へ投げた。近距離で別の刃を抜こうとした男の首を裂いた刃が、後ろで甲高い音を立てて転がる。
「う……ぐぁ、あ」
傷ついた首の傷を両手で押さえた男が床に倒れ、のたうちまわる。腰のベルトから落ちたナイフを一瞥し、そちらにも何らかの毒が塗られていることに気付いた。
このビフレスト国の将軍の地位は、毒という卑怯な手段で得られるらしい。口元を歪めて一歩下がったオレの手を、リリアーナがそっと掴んだ。心配そうに手のひらを確認し、毒の変色がないことを確かめている。
ドラゴンに毒が効かないように、黒竜の血を体内にもつオレも毒は無効化される。それでも不安だったのだろう。確認してほっとした顔を見せた彼女の金髪を乱暴に撫でると、嬉しそうに笑った。駆け寄ったクリスティーヌも同じように、黒髪を撫でてやる。
苦鳴をあげて転がり回る将軍の顔色が青くなり、赤くなり、黒くなる。最後には顔中が膨れて見る影もなくなった。元の顔が思い出せないほど変貌した死体を跨ぎ、黒竜の革靴でカツンと硬い音を立てて踏み出す。
庭から王宮へ通じる廊下の柱に隠れていた者が、慌てて逃げ出した。貴族なのか、文官なのか。フリルのついた袖や胸元が派手な服を纏う者らが、もつれる足を動かして進む。
王族の居場所を聞くまでもない。この愚か者は主人のいる部屋に飛び込むだろう。案内役を自ら務め、己の主人を危険に晒す事態に気づかなかった。
「あの人達、案内?」
ウラノスにかなり学んだのだろう。案内されていると判断したリリアーナの考え方を、導いてやる。
「主を守るため、己を犠牲に出来る者ではない」
「別の建物へ逃げればいいのに」
「お前も逃げるのか」
くつりと喉を鳴らして意地悪な質問を向けると、リリアーナは褐色の頬を膨らませてむくれた。
「私は勝つから逃げないもん」
ドラゴンらしい発言に声を出して笑い、斜め後ろについてくる2人を振り返った。
「ならば、交渉を任せてやろう」
戦後の交渉は信頼の証だ。目を輝かせるリリアーナが大きく頷き、クリスティーヌは対照的に不安そうな目で見上げてきた。
「安心しろ。最終的な判断はオレが下す」
露払い役と考えた発言に、2人はひそひそと何かを話し合って頷いた。成長した姿を誇るなら、披露する場を与えて褒めるのは飼い主の役目だ。ウラノスの教育の成果を、まずは見せてもらおうか。
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