190.手を出すな、オレの獲物だ
「くそっ! 俺が相手だ」
将軍が剣を抜いた。久しぶりに武器を使った戦いも悪くない。身体が鈍っていなければよいが……。片眉を上げてから、くつりと喉を鳴らして笑った。
「手を出すな、オレの獲物だ」
ぐるるるぅ……不満そうな声を上げながらも、リリアーナは剣を構えて走る将軍を見送った。あの程度の剣や攻撃では、オレに傷ひとつ付けられないと気づいているのだ。黒竜の革を使った装備に合わせた愛用の剣を空中に呼び出す。
世界樹の枝を使った鞘から抜いた刃は、半透明の両刃だ。倒した古代竜の角から削り出した継ぎ目のない美しい波紋の刃で、上段から振り下ろされた剣を受けた。がきんと音を立てて剣が噛み合うことはない。オレの愛剣に刃が触れる寸前、少しだけ傾けた。
接触した面からまるでチーズを切り裂くように、するりと刃が食い込む。もっとも摩擦の少なくなる角度で当てた刃は、金属音も何も響かせることはなかった。己の体重をかけた将軍の上段からの一撃は、男の剣を真っ二つにして終わる。
「なっ! 魔法など卑怯だぞ」
魔法を使って剣を溶かしたと抗議する男へ、リリアーナが無言で人化した。器用にシーツを被って裸体を隠した彼女は、自らシーツを消して着替えたワンピース姿で駆け寄る。
「サタン様、魔法使ってない。お前の腕と道具が悪い」
幼い少女姿のドラゴンに指摘され、顔を真っ赤にして怒る男に肩を竦める。実力の差を簡単に認められないのだろう。
「よかろう、同じ道具で戦ってやる」
片手を出して待つと、クリスティーヌが慌てて近くの剣を2本拾った。逃げる兵士が捨てた装備は、一般兵が使う鋼の剣だ。
愛用の剣を鞘に収め、腰のベルトに下げた。地面に並べて突き立てた2本の剣を指差し、男に選択を委ねた。
「先に選ぶが良い」
随分と機嫌がいい主君の様子に、リリアーナとクリスティーヌは顔を見合わせた。ここまで譲歩して遊ぶなんて、魔王らしからぬ優しさだ。裏を返せば、この国の転落は覆られない未来だという残酷な現実でもあった。
敏感に感じ取ったリリアーナが、鼻歌を歌いながら尻尾を振る。駆け寄った妹分と手を繋ぎ、邪魔にならない場所へ下がった。
「こちらだ」
片方は刃が欠けている。無事な方を選んだ男に頷き、残った刃こぼれの剣を引き抜いた。愛剣の黒大蛇の革を巻いた柄と違い、少し細くて握った手に合わない。だが長く使うわけではない。
早ければ一撃で勝負がつくだろう。自分が有利だと勘違いした男の嫌らしい笑みを無視し、オレは大量生産品を一振りした。
「死ねぇええええ!!」
勢いよく振りかぶる男に、呆れが先に立った。己が明らかに強者であれば、上段からの振り下ろしも有効だった。しかし強者はこちらで、奴は格下なのだ。力量差に気付けない愚か者に手加減は不要か。
「遅い」
ふわりと一歩前に出た背をマントが追いかける。ガチンと金属音が響いた。噛み合った刃は、欠けた部分を外して受け止める。同時に角度を僅かにずらしておいた。甲高い悲鳴を上げ、将軍職を誇る男の剣が折れて飛ぶ。
「あっ! きた!!」
宙を舞う剣の先端を、リリアーナは無造作に素手で掴んだ。受け止めた手のひらは鱗で覆われ、傷を負うことはない。部分竜化も自由に扱うようになったドラゴンは、興奮した様子で尻尾を叩きつけた。
「……嘘だ、こんな」
「これが実力差だ」
剣先を首筋に突きつけたオレの宣言に、男は納得しなかった。こんなはずはないと呟きながら、命を捨てて短剣を引き抜く。錆びた色をした短剣がオレに向けられた。
最期の反撃ならば受けるも一興。
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