192.未熟を自覚する竜らしい交渉

 謁見の間の入口の衛兵を、乱暴に吹き飛ばす。通常なら国家紛争の原因になるが、すでに関係修復の道はないので構わない。好きにさせた。リリアーナも「そこをどいて」と一度は警告した。最低限の礼儀を守れているなら、それでいい。


 ついでに扉も吹き飛ばしたリリアーナの尻尾が大きく揺れた。魔族の中で強者として名が挙がる種族でありながら、同族の中で虐げられてきたリリアーナは、他者から向けられる敵意に敏感だ。叩きつけられる敵意に、すっと目を細めた。


「……国王はどれ?」


 ぶっきらぼうな口調に、相手を敬う色はない。リリアーナにしてみたら、格下の存在が己の主君に噛みついた案件だ。言葉にして尋ねるだけ親切だった。問答無用でこの部屋の者や物をブレスで薙ぎ払うのが、ドラゴンらしいやり方なのだ。


 交渉を命じたため、彼女なりに考えた結果だろう。尻尾で絨毯を叩きながら見回した広間の貴族に、国王フルカスはいないらしい。名乗り出る者はなかった。


「貴様、ここをどこだとっ!」


 叫んだ男をじろりとリリアーナが睨むと、情けなくも黙り込んだ。勢いよく口火を切った割には覚悟が足りない。先ほどの卑怯な毒将軍の方がよほど根性があった。敵わないなりに己の役割を果たそうと戦ったのだから。


「私は国王を聞いた。お前がそうか?」


 違うと気づいていても、リリアーナはわざと尋ねる。このあたりの手法はウラノスの入れ知恵か。誤解を誘発してミスを誘う手管は、長寿な強者ゆえの傲慢さを前面に押し出したリリアーナに似合った。


「ち、違うっ」


「なら、お前か?」


 隣の男を指さすと慌てて両手を振って違うと示された。そうやって一通りの人間を視線で示したリリアーナは、呆れたと言わんばかりの態度で尻尾を叩きつける。やはりこうした言葉での戦いは、彼女にとって苛立ちを募らせるらしい。


「国王はどこ」


 言葉が短くなったのは、それだけ苛立っている証拠だ。そろそろ交代すべきか。リリアーナはどうしても国王を引き摺り出したいようだ。オレが出向いた以上、ビフレストの最高位でなければ釣り合わないと決め付けていた。


 考え方として間違っていないが、アガレス辺りなら押して引く手法で、上手に敵の情報を引き摺り出すだろう。揚げ足取りも感心するレベルだった。


 寿命が長いドラゴンであるリリアーナも、いずれは同等のレベルまで己を引き上げるだろう。だがそれは今ではない。己が未熟だと知ったからこそ、わかりやすい方法で敵を威圧したのだ。その成長を見てとれたことに満足し、ぽんと彼女の頭に手を置いて交代を告げた。見上げる金瞳が大きく開き、言葉を待っていた。


「よくやった、リリアーナ。我が背に控えよ」


 素直に頷いたリリアーナの前に踏み出し、貴族達を見回した。怯えた目をする十数人の男達に用はない。この国の行く末は決まった。民も貴族も利用価値はない。ならばこの土地を別の民に割り当てるために、接収するのが正しい判断だった。


「お前達、何をしている! そこの無礼者を摘み出せ」


 飛び込んできた若者が声を張り上げた。さきほどの恐怖に縛られた空気を吹き飛ばす乱入者に、クリスティーヌとリリアーナが好戦的な目を向ける。


「ビフレスト最高権力者に伝えよ。戦の賠償を支払うのは敗戦国の義務だ――オレはバシレイアの魔王である」


 名乗った途端、勢いの良かった若者が狼狽えた。その様子に失望が胸を占める。本当にこの世界の権力者は、クズばかりだ。かつての世界を懐かしみながら、返答を待った。

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