176.褒美の下賜は望むままに
群れのトップの号令に、銀狼は鳴き声ではなく行動で応えた。20人程の騎馬兵を取り囲み、迎撃の剣を向ける間を与えない。茂みから飛んだ勢いで、馬の首を噛んだ。後ろから馬の足や腹に牙を突き立てる同族は、互いに警戒しあっている。上の人間が持つ剣に傷つけられぬよう、見張り役を務める仲間の指示で、離れて新たに噛み付いた。
人間を乗せた馬の動きは限られる。故に蹴られる心配なく攻撃が可能で、最高の獲物だった。森の奥にある山で待つ家族への土産にするため、1頭も逃す気はない。倒れる馬が出て、振り落とされた人間が剣を乱暴に振り回す。雄叫びに似た叫びを放つ喉を、マーナガルムの爪が引き裂いた。
「我が君の与えてくださった栄誉ぞ! 大将首を落とす」
マルコシアスの指示に、一際大きな体の銀狼が数頭集まった。外敵との戦いを担当してきた狼は、他の同族より大きく傷も多い。熊やサーペント、爪のある鳥類とも戦った経験豊富な狼兵は、それ故に強さも群を抜いていた。
唸りながら距離を詰め、飛びかかるタイミングを合わせる。一斉に飛びついた鎧の男が悲鳴をあげて転げ回った。馬から落とせばこちらのものだ。鎧の上から肩を噛み砕いたマルコシアスが、勝利の声を上げる。
呼応する同族が鳴き声を返し、遠吠えは森を貫いた。周囲の動物を遠ざけ、獲物の横取りを防ぐ目的もある。主人に献上する獲物を足で押さえつけるマルコシアスの前に、転移魔法陣で魔王が降り立った。
黒いぴたりとした革服に、マントをつけた美丈夫は成果を見て満足そうに笑う。
「よくやった。さすがは銀狼の一族よ」
手放しで褒めた魔王が献上品を受け取る頃には、他の獲物は大半が噛み殺されていた。生きたまま腸を引きずり出す激痛に目を見開いた死体は、まだ温かく血の芳香と湯気を燻らせる。
狼は集団で狩りをする。魔物である銀狼や魔狼は、主人や群れのボスにすべての獲物を献上し、その後下賜された肉を食料として公平に分ける種族だ。多少弱くとも、貢献する意思がある同族に彼らは優しかった。集団で狩りをするのは、成功数を上げて生存率を高める本能なのだ。
献上された獲物を確認し、魔王は検分したと頷いた。
「他の獲物はそなたらで分けるがよい」
「温情に感謝申し上げます」
マルコシアスの挨拶に頷き、鎧の男だけを回収した魔王が転移で消える。魔法陣が消えるのを待たずに、狼達は獲物を引き裂き始めた。まだ息のある獲物もあったようで「ひぃ」「やめろ」と叫ぶ声や絶叫が木霊する。
手早く獲物を分割した狼達に山へ戻るよう指示した。数匹、人間と馬を生かしたまま捕獲したのは、新鮮な餌を子狼に与えるためだ。痛めつけて反撃できなくした獲物を襲う練習を、生まれたばかりの子狼に体験させるよい機会だった。
マルコシアスは手足を折った人間を引きずり、息子のマーナガルムも人間を咥えた。狼兵として最前線で戦う銀狼も馬の手綱を上手に咥えて移動を始める。森を抜け、わずか数時間でたどり着く山の中腹へ、狼達は凱旋の遠吠えを放ちながら踏み出した。
テッサリアに、奇妙な荷物を持った難民が一人辿り着いたのは、この時期だった。他国の戦を知るよしもない男は、グリュポスの国旗にある紋様が刻まれた剣を手にしていた。短剣と呼ぶほど短く折れた剣と、何かを包んだ布袋を持った男は、テッサリアの端にある村に住み着く。若い男性は働き手として歓迎された。
彼はやがて見出され、その運命を己で切り拓くが――それはまだ先の話である。
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