175.襲え! すべて喰らい尽くせ!

 吸った空気に冷気を込めて地面へ吐き出す。荒野の地面が数十メートル四方にわたって凍り付いた。馬の足が取られて転び、護衛も偽将軍も氷の上に叩きつけられる。舞い降りたオリヴィエラは、自らの爪を突き立てて器用に歩みよった。


「ひっ! やめろ。化け物!!」


「近づくな!!」


 叫ぶ男達の目に映るのは、絶望的な光景だ。逃げる際に「どちらも生存率は変わらない。頑張ってくれ」と言い聞かされたが、どうせ嘘だと思った。追われるのは諦めていたが、空から巨大な魔物に襲われるのは聞いていない。そんな話は知らない。


 叫びながら剣を抜いて振り回すが、鷲と獅子を合わせた化け物には通じなかった。


「まあ、レディに対して失礼ですわ」


 その背から愛らしい女性の声が聞こえる。驚いて見つめる彼らの視線の先に、恐ろしい魔物の背に乗る金髪の美女が現れた。さすがに背から下りることはないが、ロゼマリアは憤慨した様子で唇を尖らせる。親友と位置付けるオリヴィエラの羽毛を撫でて、首に抱き着いた。


「将軍は生かして持ち帰るのだったわね?」


 たとえ偽物であろうと、一応将軍の形をしている。ならば土産としては使えるだろう。


 人語を話すグリフォンに驚く間に、護衛が一人踏み潰された。悲鳴を上げた男達を、グリフォンは楽しそうに見回し、1人ずつ処分していく。嘴でつつき、手足を捥ぎ、頭を踏み潰した。数人は氷漬けにされ、最後に残った将軍の影武者は腰を抜かして座り込む。


「ふふっ、全員、死ぬんだ……死ぬんだぁあああ!」


 おかしくなった男の首から下を氷漬けにして、オリヴィエラはひょいと前足で掴んだ。前足は鷲の形状のため、爪があり物が掴みやすい。獅子の後ろ脚で地面を蹴って浮き上がると、そのまま空を駆けた。戦場はドラゴンの独壇場。多少はウラノスやクリスティーヌが減らしたようだが、踏み潰された蟻の状況はリリアーナだろう。


 ぶんぶんと左右に大きく尻尾を振る姿は、ご機嫌のようだ。そこから視線を上げて、残った獲物に気付いた。まだ数百単位で逃げ回る集団が2つほどある。


「どうしましょう、この土産もあるのに」


 土産を地面に置いてもいいものか。迷うオリヴィエラに、背で羽毛を撫でていたロゼマリアが指差す。


「塀の内側なら預かってもらえそうですわ」


 外壁で国旗を振る兵士に気付いたロゼマリアは、彼らに将軍の偽物を預ける提案をした。考えるまでもなく理想的な預け先である。凍りついた人間一人預かるくらい、彼らに頼めばいいのだ。ぐるりと大きく旋回し、塀の上で羽ばたいた。


 下りて塀を崩さぬよう、魔力で高度を維持して捕虜を引き渡す。その上で逃さず王城へ届けてくれるように頼んだ。背にロゼマリアを乗せていることに驚かれたが、彼女はひらひらと手を振る。王女らしからぬ行為だが、兵士はなぜか彼女の名を叫んで高揚していた。


 人間ってよくわからないわ。


 リリアーナの元へ空を駆けたオリヴィエラは、後で聞いてみようと考えながら地上を蹂躙した。






「我が主の命が下った!」


 興奮した様子で走るマルコシアスの横に、息子のマーナガルムが並ぶ。銀狼を中心とした群れを作り、人と馬の臭いを追った。鉄の臭いが混じるのは、鎧と血だろう。


 森は彼らのテリトリーだ。茂みを飛び越え、木々の間をすり抜けて距離を詰めた。無粋な足音を立てることなく、彼らは徐々に包囲網を狭めていく。攻撃の号令を待つ狼達の気配に馬が怯え、足が竦んだ。そのタイミングでマルコシアスが遠吠えを響かせる。


「襲え! すべて喰らい尽くせ!」

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