174.兵を捨てた愚劣な将は滅びの道へ
「よかろう、指揮官は持ち帰れ」
魔王の許可を得たオリヴィエラの瞳が、残酷な色を帯びる。三万五千もの大軍を率いた将軍ならば、さぞ引き裂き甲斐があるだろう。過去の戦で名を馳せた将軍を探すグリフォンの目が、荒野から森へ逃げ込む一団を見つけた。その少し先に荒野をそのまま走る一団がいる。
片方は囮だ。一般的に考えれば、荒野の方が囮で人目を引きやすい場所を走る。森に逃げ込めば、ドラゴンやグリフォンなど空を飛ぶ種族から見つかりにくくなるのも、理由のひとつだった。だが……歴戦の強者が、これほど安易な方法で逃げるものか。迷ったのはわずかな時間だった。
「森はマルコシアスの領域だ」
森へ進路を取ろうとしたグリフォンへ、魔王の一言が投げられる。森は魔狼の領域――つまり向こうの一団は魔王の眷獣マルコシアスが追う。森の外は空飛ぶグリフォンに任せる意思を感じ取り、オリヴィエラは器用に旋回した。
背のロゼマリアが「きゃっ!」と驚いた声をあげる。予想していた進路と違う方向へ旋回されたため、身体が大きく揺れたのだ。しかし手綱代わりに握らせた紐で、ロゼマリアは器用にバランスを取った。ぐるると喉を鳴らして心配するオリヴィエラへ、ロゼマリアは大声で無事を伝える。
「びっくりしたけど、平気よ」
乗馬の経験があってよかったと胸を撫でおろしながら、ロゼマリアは目の前の毛皮に抱き着いた。濃い茶色の鷲の羽毛は、友人オリヴィエラの髪色と同じだ。ふわふわした羽毛に包まれると安心した。
ぐんぐん近づく集団は15騎ほどで、中央にマントを翻した鎧姿の男がいる。彼が指揮官のように見えた。グリフォンは上空へ舞い上がると、真っすぐに急降下する。首に回されたロゼマリアの腕が、きゅっと強く力を込めた。それでも悲鳴を上げないロゼマリアは、真下の男を睨みつける。
立派な鎧兜に身を包み、周囲を護衛に守られて……逃げる卑怯者だ。将ならば最後まで軍を率いるべきであり、敗色濃厚で部下を放り出して逃亡を図るのはあり得なかった。これが王ならば、国の存続のために涙をのんで逃げる場合もあるだろう。だが将軍は王ではない。将軍がいなくなっても国は滅びないのだ。新しい将軍を王が選べばよいのだから。
そのため平時から厚遇を受けている者が、まだ半分近い兵を残して逃げる姿にロゼマリアは目を細めた。容赦する理由がない。己の父の卑怯な姿が連想され、叫んでいた。
「卑怯者!!」
思わず上空を仰いだ男から兜が落ちる。晒された顔に、ロゼマリアは見覚えがあった。この男は違う! 将軍ではなく……。
「ヴィラ! この男は将軍じゃないわ」
聖女の血筋を欲しがるビフレストが、第二王子を使者に立てロゼマリアの婚姻を願いに来たことがある。将軍とその部下が護衛についたが、その時見た将軍は顔に大きな傷があった。この男は若すぎるうえ、顔に傷がないのだ。
「やってくれるじゃない」
呟いたオリヴィエラの青空色の瞳が見開かれ、陽光にきらりと煌めく。残酷な色を孕んだ声が、この後の惨劇を想像させた。
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