173.大地に血を捧げよ

 ウラノスの足元から、グリュポスの方角へ真っ直ぐに亀裂が入る。続いて、どんと激しい振動が大地を揺らした。上下に揺れる大地は波打ち、やがてゆっくりと揺れが収まる。


 後ろのバシレイアを振り返った。都を囲む外壁にヒビはなく、それどころか振動も伝わっていないようだ。地震が起きた範囲は限定されており、魔法陣が覆った荒野と森の入り口までだった。魔力不足で効果が限定的になることはあるが、ここまでの魔法陣を描く人物に魔力が足りないはずはない。


 故意に範囲を限定したウラノスに、興味が深まった。いずれその正体を知りたいと思うが、それは今ではない。


「リリアーナ、大地に血を捧げよ」


 距離が離れていても風を操れば、声を届けることは可能だ。聞こえた命令に呼応する形で吠えたリリアーナは、急降下して尻尾で兵士を潰した。ドラゴンブレスを使うと、血も蒸発させてしまう。血を捧げるなら、潰すか切るのが早い。彼女はそのまま大地に足を下ろし、切りかかってくる兵士を無造作に薙ぎ払った。


 操る風はまだ未熟だが、荒々しく竜巻をいくつも従える。舞い上げた人間を地面に叩きつける方法で、軍を徐々に削っていく。


「私も潰したり切った方がいいのかしら」


 くすくす笑うオリヴィエラの声を拾い、リリアーナと同じ命令を下した。氷を得意とするオリヴィエラは魔力の扱いに関しては、リリアーナより上だ。長く生きた分だけ、魔力を器用に操って無駄を減らした。


「ローザ、怖かったら目を瞑っていてね」


 忠告をした直後、地面に突き立てていた氷の針をすべて消す。魔力を回収された氷は、溶けて地面を濡らした。凶器が消えたと喜ぶ兵に向け、オリヴィエラは大量の刃を繰り出す。


 潰す光景はロゼマリアに刺激が強すぎるだろう。臭いもきつくなる。友人への配慮をしたグリフォンが選んだのは、氷による薄くて鋭い刃の量産だった。真円に作り上げた氷を数枚、操って人間を切り裂いていく。魔力を込めた氷は、赤い血に濡れても溶けることはなかった。


「やめろっ!」


「うわぁああ!!」


「逃げろっ、勝てるわけねえ」


 叫ぶ人間の悲鳴や怒号を無視し、オリヴィエラが視線で指示する先で、刃は敵兵を切り裂き続けた。鉄錆た生臭い空気が、荒野に広がる。足元の赤い水溜まりで動く物へ、刃は振るわれた。何も動く物がいなくなるまで……魔王に逆らった愚か者に見せつけるため、追撃の手は緩めない。


「オリヴィエラ、こっちきて」


 リリアーナの呼び声に顔を上げると、ドラゴンの巨体はほとんどの兵士を再起不能にしていた。動けないように手足を折り、踏み潰し、胴体を割った。一撃で死ねた者は幸せだろう。楽しそうに蟻を踏み潰す彼女が尻尾で示す方角に、逃げ出した騎馬の群れを見つけた。


 軍を率いる司令官を守り背を向けた獲物を、譲ってくれるらしい。まだ足元の蟻と遊ぶリリアーナの気遣いに、オリヴィエラはくるりと旋回して甲高い鳴き声で応えた。


 加速するオリヴィエラに乗るロゼマリアは、魔族の戦いと本能に恐怖ではない感情を覚えた。名のわからぬ感情は、緊張した時のように胸が高鳴る。鼓動が早くなり、だが嫌な気分ではなかった。


「まだ平気そう?」


「ええ、気にしないでいいわ。あれが司令官なら、グリュポスの時のように捕らえて送り返してもいいと思うの」


 兵を壊滅させろと命じた魔王の作戦を、別の視点から切り崩す策を口にする。元王女は線が細いお姫様の殻を脱ぎ捨て、隠れていた才能を解放しつつあった。

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