169.バシレイアに仇なす敵を討て

 ばさりと翼を広げるグリフォンの背に、ロゼマリアが乗っていた。どうしても行くと願いでた彼女に、リリアーナは反対なのだ。しかし姉のような、彼女の願いに押し切られる形で頷いた。代わりの条件が、安全なグリフォンの背から降りないという簡単なものだ。


 クリスティーヌとウラノスを運ぶため、離着陸するドラゴンの背は危険だとリリアーナも気付いていた。だから無理に自分の背に乗るよう言わない。気遣いに微笑んで礼を言ったロゼマリアをじっと見つめたあと、竜化したリリアーナはオリヴィエラに向き直った。


「落としたら殺すから」


「わかってるわ。私にとってもローザは大事な友達よ。この身を盾にしても守ってみせる」


 きっちり返したグリフォンに頷き、リリアーナはようやく納得したらしい。自らの羽を広げて、長い尻尾を揺すった。


「乗って」


 ウラノスが魔法陣で飛び乗ると、置いていかれたクリスティーヌが蝙蝠に変化してしがみついた。以前に急滑降して落とされた経験から、羽を出しっぱなしにする作戦に打って出たらしい。通常の数倍ある蝙蝠と少年姿のウラノスを背に舞い上がる黒竜は、城の上を旋回してから荒野へ向かう。


「迫力あるわ」


 近くで見ると大きさもさることながら、その迫力と魔力による威圧が凄い。感嘆の声を上げるロゼマリアは、オリヴィエラが用意した紐をしっかりと腕に絡み付けた。手綱のような役割だが、本来ならプライドの高い魔族が付けることはない。さらに結界で包み縛り付けるオリヴィエラの念の入れように、ロゼマリアは擽ったい気持ちで微笑んだ。


 勇者と間違えて魔王を召喚したと知ったときは、世界が滅びるかと思ったけれど、今の世界は父の治世より優しい。他国を滅ぼすこともあるだろうけれど、魔王陛下は流した血を無駄にする人ではない。そう確信できることに、ロゼマリアは穏やかな気持ちで紐を握った。


 フワフワした鷲の翼は、巨大な鳥のそれで柔らかい。跨った背は獅子の毛で覆われ、しなやかな肉付きが脚から伝わった。乗馬用のパンツ姿を予定していたが、その上に裾が長いコートのような上着を纏う。グリフォンから降りて立てば、スカートのようにふわりと広がってズボンを隠してくれる構造になっていた。


 この衣装を考案したのはウラノスだが、足元で見送りにきた侍女のエマが大急ぎで仕上げてくれたものだ。


「ありがとう、エマ。行ってきます」


 くーんと鼻を鳴らすヘルハウンドにも手を振った時、タイミングを図っていたグリフォンが翼を動かす。飛ぶ時は魔力で浮き上がり、巨体を支えるのは翼より魔力なのだと聞いた。羽ばたく回数を減らして飛ぶ気遣いを見せる、最高の親友の首に抱きつく。


「怖いの?」


「いえ。柔らかい毛が気持ちいいから」


 つい抱きついた。飛び立つ瞬間のふわりとした違和感を誤魔化すように囁き、鷲と獅子が混じる辺りの毛を撫でた。ぐるりと旋回したグリフォンは方角を確認し、一気に加速する。


「我が主の治めるバシレイアに仇なす敵を、滅しに行きましょうか」


 楽しそうなオリヴィエラの声に重なって、ドラゴンの咆哮と人々の悲鳴が聞こえる。ロゼマリアの視線の先は、すでに人間対ドラゴンの戦端が開かれていた。

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