167.いっそまとめて送ってみるか
「僕が行く! ほら、身体が丈夫な方が仮死状態から蘇る時に有利だし」
「そんなルールはないわ。研究職のアナトと、軍の総帥であるククルは必要だから私が最初に」
「それを言うなら、私は研究だけだから人に迷惑をかけないの。でもバアルがいないと、アースティルティトの書類が片付かないじゃない」
ククル、バアル、アナト。それぞれに主張する内容を片手間に聞きながら、アースティルティトは淡々と書類を片付ける。こうして順番を奪い合う3人が羨ましかった。誰より早く主人のもとに駆けつけたいのは、アースティルティトも同じだ。しかし確実に蘇生できるような仮死状態を作れる吸血鬼は、この世界に数えるほどしかいない。
吸血鬼の始祖であるアースティルティトは、すべての吸血鬼の母であり父でもある。彼女がいなければ吸血種は存在しなかったのだから。だからこそ眷族と呼ぶ子孫の能力を把握していた。その中で信用して仲間の命を預けられる者が思いつかなかった。
アースティルティトがいれば、彼らも大人しく従うだろう。だが彼女が先に世界から消えれば、簡単に約束は破棄され、3人は魔王の元へ向かう手段を失う。吸血種による上位争いが始まる未来が手にとるようにわかるため、最後に自分を仮死状態に出来るアースティルティトが残るしかなかった。
「誰でもいいが……いっそまとめて送ってみるか」
そうしたら少しでも早くあの方の元へ行けるのではないか? すごくいい案のような気がして、アースティルティトは真剣に検討し始める。手元の書類を放り出した魔王補佐官の姿に、慌てたのは3人だった。
彼女らの本能が警鐘を鳴らす。今のアースティルティトを放置したら、絶対に後悔するぞ! と。
「う、受け取る側のことも考えないと!」
「そうそう……戻すのに時間かかるかも知れないじゃん?」
焦るバアルとククルに首をかしげ、それもそうかと納得してまた書類に署名した。自動的に朱肉を滲ませる印章で押印する。一連の作業を済ませ、顔をあげた。
「私に決まったわ」
アナトが覚悟を決めた顔で机の前に立った。最悪死ぬ可能性がある。魔王の元へたどり着くことなく、収納の亜空間で消滅するか。向こうで失敗して死体になる可能性だってあった。それでも……行かない選択肢はない。
「わかった。明日にも準備をしよう」
今からだって可能だ。血と魔力を吸って彼女の自我を封じた仮死状態にする。吸血鬼にとってさほど難しい技術ではなかった。それでも「明日」と期限を切ったのは、今夜を4人で過ごすため。
「こないだ、竜軍隊長から奪った酒がある。僕の秘蔵酒だから、一緒に飲もう」
「つまみは、魔熊の手があるわ! 爪付きの新鮮な生肉よ」
一番手を譲ったククルとバアルの気遣いに、アナトは嬉しそうに破顔した。笑顔のままアースティルティトの手を握る。
「一緒に飲めるよね?」
「ああ、今日の仕事はここまでだ。今夜はお前達に付き合う」
アースティルティトの了承に、アナトはさらに嬉しそうにぴょんぴょん跳ね回る。はしゃぎすぎて机に足をぶつけて唸るまで、アナトは笑顔を振りまいた。
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