166.誰でもいい。初手は譲ろう
「緊急招集だって」
走りながら、ククルはバアルと合流する。珍しくアナトは一緒じゃないらしい。普段は一緒に行動する2人だが、軍魔達と追いかけっこをしていたため、二手に分かれたのだ。その辺の事情を知らないククルは、首を傾げるがそのまま執務室へ駆け込んだ。
この部屋は、魔王の執務室の隣にある。前魔王の補佐官用として作られ、今は仲間であるアースティルティトが仕事で使っていた。間を繋ぐ扉は、ずっと開けっぱなしだ。無人の隣は窓を開けて換気を行ったらしく、カーテンが風に踊っていた。
「どうしたの? また叛乱?」
先週も辺境で叛乱未遂事件が起きた。未遂と表現したのは、騒動が世間に知られるより早く鎮圧したためだ。普段から小動物や眷属を放つアースティルティトの情報網に引っ掛かった事件は、わずか数時間で片付けられた。ちなみに犯人は、現地で外壁に晒されている。
上品に表現するなら鳥葬にて弔ったとなり、悪く表現すれば見せしめだった。鳥といっても、魔族が棲まう魔界の動物なので、事実上羽の生えた魔物である。啄んで品よく食べるはずもなく、いきなり目玉を引き抜いて悲鳴を上げさせ、顔を中心に食べた後、悲鳴を上げる喉と心臓を最後まで残す性格の悪さだった。そう、主犯と関係者25人は生きたまま、外壁に吊るされたのだ。
実行犯のククルは無邪気に首をかしげる。姉同然であるアースティルティトが、必死で維持する治安を乱す輩は、彼女にとって敵だった。容赦するという単語すら思い浮かばない。
「いや、今回は違う」
「何、このケット・シー」
仮死状態のケット・シーに気付いたのはバアルだった。大きめの猫にしか見えない魔物を眺め、不思議そうに呟く。
「これ、死んでる?」
「仮死状態だ。実験を兼ねて陛下の元へ送ったが、返ってきた。このネズミと手紙も一緒に」
裏に魔王の封蝋がなされた封筒は白、黒い封蝋に精密な紋章がくっきり残っていた。返事が来たのかと目を輝かせる彼女らに、アースティルティトは疑問を向ける。
「アナトはどうした?」
「こっちぃ!」
勢いよく隣室の窓から飛び込んで、そのまま一回転して着地した。運動神経は悪くないが、彼女は魔族にしては体が弱い。心配して駆け寄ったバアルへ、興奮した様子でアナトが外を指差した。
「ドラゴンを手懐けたわ。契約成功よ」
無邪気に眷属が増えたと報告する彼女へ、ククルが駆け寄った。目先の話に飛びつき、両手を繋いで喜び合う。
「すごい! 何色の?」
「……その話は後で構わないか?」
引きつった顔でアースティルティトが本題を戻すと、慌てて3人が駆け戻った。
「陛下の手紙によると、仮死状態で送ったケット・シーの蘇生に成功したという。その証拠に向こうから他の吸血鬼が作った仮死状態のネズミが送られてきた」
指差した足元には、死体にしか見えないネズミが転がっている。特に珍しくもない、出っ歯のネズミだが……ふくよかな腹だった。どこかの屋敷でたっぷり食事が取れる家ネズミなのだろう。灰色の毛皮に、細い黒い線が数本入っていた。右の前足だけ黒い毛なのも珍しい。
個体識別しやすいから選ばれたらしい。仮死状態のネズミを拾い上げ、アースティルティトは机の上に置いた。
「この蘇生に成功したら、あの方の元へ行けるかもしれない」
「はいっ! 僕が行く」
「ククルは忙しいでしょ。私が」
「万が一の時のこと考えて、私が行くわ」
ククル、バアル、アナトの順で騒いだ3人に肩を竦め、アースティルティトは羨ましそうに告げた。
「お前達で順番を決めろ。仮死状態にできる吸血鬼である私は、どちらにしろ最後だ」
本当なら自らの命を放棄しても駆け付けたい側近は、複雑な心境を滲ませて彼女らに初手を譲った。
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