165.魔王陛下も幸せなことよ

 ウラノスは、仮死状態の魔物をじっくりと眺めた後で魔法陣をひとつ作った。それをクリスティーヌに渡す。


 薄暗い牢の中に、灯りは用意されていない。蝋燭も火を失って久しく、芯は冷え切って固まっていた。夜目が利く吸血鬼とドラゴンは、教師であるウラノスが作り上げた魔法陣を真剣に眺める。必死で覚えようとする弟子達に、簡単な解説を始めた。


「すでに教えたが、外周円は魔法陣を示し、内なる円に範囲を刻む。機能を示す記号を中央へ、ここに術師の名や記号、ここが調整部分となるゆえ、間違えるでないぞ」


 解説された通り、そっくり真似てリリアーナが魔法陣を描く。意外とスパルタ教育のウラノスは、いきなり上級者向けの内容から始めた。紙や地面に魔法陣を描くのではなく、魔力を使って空中に作り出す方法を選んだのだ。


 出来なくて癇癪を起こしたことがあるリリアーナも、最近は上手に空中に文字を刻めるようになった。その際に魔力の調整を行うため、魔力制御の能力も飛躍的に向上している。才能のある子供は遊びの中で工夫して覚えるもの。説明に割く時間が惜しいウラノスは、目の前でやってみせ「出来ないのか」と挑発して彼女らの能力を引き出したのだ。


 乱暴な方法だが、リリアーナもクリスティーヌも食らい付いてきた。生来の負けず嫌いが功を奏した状態だ。


「ここだけ私の名前にする」


 そっくり作った魔法文字の中から、術師のウラノスを示す単語を選び出して描き直す。隣でクリスティーヌも苦戦しながら自分の名前を刻み終えた。


「仮死は状態異常の一種だ。それを解除する記号がここに」


 星が絡まったような記号を見つけ、リリアーナが声をあげる。


「これ、ここの文字でしょ?」


「そうじゃ、賢い賢い」


 年寄り臭い口調で、少年は姉のような外見のクリスティーヌの黒髪を撫でた。頬を緩めて笑う彼女が、魔力をそっと流す。魔法陣がきらきらと輝いた。


 手元にいる仮死状態のネズミを元に戻す。これが出来ればサタンが褒めてくれると聞いた2人は夢中で魔法陣を覚えた。お昼寝の時間も、カルタで遊ぶ時間も練習に費やす。ようやく昨夜成功したため、師匠であるウラノスに見せにきたのだが……魔法陣の一部を修正された。あのまま蘇生するとゾンビになると脅されたため、最初からやり直しているのだ。


 ネズミの血をぎりぎりまで吸い、意識を失ったところに仮死状態にする魔術をかける。そこから解除するのだが、仮死状態にすることより戻す方が格段に難しかった。何度も失敗してネズミやリスを始末した彼女らは、慎重に蘇生を試みる。


「っ! 出来た!」


 クリスティーヌの方が魔力量が少ない。微調整では彼女に軍配が上がった形だ。リリアーナは唸りながら調整したが失敗し、ネズミが破裂する事態となった。


「出来なかった」


 明暗が分かれた2人に、ウラノスは穏やかに声をかけた。


「本来は吸血鬼が得意とする術じゃ。クリスティーヌはよく頑張った。リリアーナは他種族の魔術を覚えようとしたのだ。難しいのは当然だが、魔力の調整が上達した。まだ学ぶのであれば、明日もまいれ」


「「うん」」


 もっと賢くなって、いろいろな魔法陣や魔術を覚え、サタンの役に立つ。そう決めた2人の明るい返事に、ウラノスはくすくすと笑った。


「我が魔王陛下も幸せなことよ」

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