163.色狂いの国王様によろしく

 自国の王女、それも有能と喧伝けんでんしたカリーナの名誉は地に堕ちた。宰相として、ここで取れる手は2つある。失礼極まりない使者を送った謝罪をして取り繕う方法、王女を害されたと騒ぎ立てて相手の非を責める方法だった。どちらを選んでも自国が不利な事実は変わりない。


 こちらに出向いた使者は、魔族でも有数の実力者であるグリフォンだった。到着時の報告が真実なら、騎士団を誑かして遊ぶ美女がグリフォン本人だ。使者である彼女を攻撃しても、捕えるどころか城を壊されるのがオチだろう。勝てる要素がなかった。


「魔王陛下はいたく機嫌を損ねられ、この下女を返却して来いと命じられましたの。私が仰せつかった用事も終わりましたし、ここで失礼いたしますわ」


 あっさり帰ろうとすることで、宰相はほっと息をついた。他国に対して取り繕うのは後でも間に合いそうだ。大国であるビフレストの発言権の強さがあり、イザヴェラ国の軍事力をちらつかせれば、他の国を言いくるめることも難しくない。


「ああ、そうそう。忘れるところでした」


 わざとらしく、失念していたと振り返ったオリヴィエラが機嫌よく、指先で毛先を弄りながら小首をかしげる。こちらの思惑を見透かされたと怯える宰相へ、彼女は予想外の言葉を口にした。


「我が国から遊びに来ていた女性を返していただきますわ」


「女性……ですか?」


 外遊の貴族もいないし、留学した者も心当たりがない。眉をひそめて聞き返した宰相の顔は怪訝さを隠そうとしなかった。はち切れそうな胸元から縦長に折りたたんだ紙を1枚取り出した。甘い香りのする紙を広げるが、描かれた模様は魔法文字だ。複雑な文字は絵か記号のように見え、解読できない。


「レーシー、帰るわよ」


「はい」


 呼びかけに応えたというより、魔法文字が放つ芳香に誘われたレーシーが現れる。先ほどからずっといたのだが、レーシーは意識しなければ気づけない存在だ。人間にそう簡単に見つかるようでは、彼女らは滅亡してしまう。


 ふらふらと現れた白髪の女性に、ぎょっとした顔を見せる宰相だが、そこは大国の政を担ってきた男だ。オリヴィエラが発した言葉に引っ掛かった。


「置いていくお人形とは……?」


 国内の事情を知られている? 宰相はぞっとして目を見開いた。国王がどこかで拾った女性に狂い、この国の求心力が失われつつある。その状況で「人形」という表現に、嫌な予感がした。


「あら、そんな言葉使ったかしら? そうそう、お伝えくださいませ。近々、魔王陛下が直接ビフレストに来られるそうですわ」


「捕えよ!」


 宰相の号令は遅かった。いや、早くても結果は同じだっただろう。オリヴィエラは己に向けられた槍の穂先を、右手で払い退けた。突き刺しにきた数本を、獣化した指先で叩き折る。それでもグリフォンの爪や腕が傷つくことはなかった。


 背に広げた翼を広げて羽ばたくと、簡単そうに空へ舞い上がる。抱きついたレーシーの腰を支えたオリヴィエラは空中高く舞うと、グリフォンの姿に変化して背にレーシーを乗せた。届かないのを承知で射掛けられる矢を、強風で地面に弾き返す。半数ほどが地面に突き刺さり、さらにその半数が人を傷つけた。


 愚かな抵抗を嘲笑うように甲高い声で鳴いたグリフォンは、機嫌よく帰城の途につく。甘い香りのする魔法陣に夢中なレーシーを乗せた魔族は、わずか数時間で主人の元へ舞い戻った。

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